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「今日は元気がないですな。」


マスターが心配そうに言った。

夏休みを迎えて一週間がたつ。
私はいつものカウンター席で、とぼとぼとアイスコーヒーを飲んでいた。


「来週、海行かなくちゃ行けないんだよー・・・。」
「ほう、お友達とですか?」
「うん。」
「それは楽しそうじゃないですか。仲の良い友達と行くのではないのですか?」
「まぁ、仲良い友達と行くんだけど、男子も一緒でさ、グループデートみたいになっちゃって。友達の一人なんか気合い入っちゃってて、みんなでビキニ着ようとか言っちゃってんの。あー、どうしよう、今から水着、買いに行かなきゃ。」
「ほほー、私はご一緒したいぐらいですな!」
「マスター、なんて元気なの。」


ビキニ、みんなで着よう、と言いだしたのは他でもない、ミワだった。
あいつ細くて、出るとこ出てないくせによくビキニなんて着れるよねーって、カナが言ってた。
同感。着たいなら勝手に一人で来てろ、この男たらしが。

スクール水着じゃない水着なんて着るの、二年ぶりだ。
小学校五年生のときに、市民プールでガキ水着を着た覚えがある。
あのころは、なんも考えてなかったような気がする。


「どんな水着にしようかな。」
「アイさんは、なんとなく青色が似合いますよ。」
「・・・・そう?」
「えぇ。肌が白いですし、色合いが空と雲みたいでいいですよ。」


確かに、肌の色には自信がある。
昔は白すぎて、逆に病人みたいだったから、自分の肌の色はあまり好きではなかった。
けど最近は、マイブームが美白になっていて、日焼け止めは毎日欠かさない。
なにしろ二十年後の自分を大事にしたい。


「じゃあ、青系の水着にしようかな・・・。」
「ほう、参考にしていただけましたか。実に光栄ですな。」
「マスター、なんとなくセンスいいって感じのオーラだもん。せっかく聞いたんだし、その意見、使う。」
「ありがとうございます。」


そのあと、私はグーテン・モルゲン出て、スポーツ用品店へ向かった。
この辺りで、まぁまぁな水着を売っている店は、このスポーツ用品店しかない。

店へ入ると、たくさんの水着が並んでた。
色とりどりの水着。
もう夏真っ盛りということもあってか、値下げしている商品も、たくさんあった。
一通り、ふらふらと見て回り、一番気に入った、水色に白の水玉模様が入った水着と、青にハイビスカスの絵が入った水着を、試着してみることにした。
マスターの意見をもちろん使って、青系の水着。
まぁ、元気系と、ギャル系。どちらがいいだろうか。
たぶん、ミワは、男ウケねらって清楚系でくるだろう。カナは、スポーティな感じのもの。ナナは、お姉系。
性格だけでここまでわかるとは、さすがに私も私をほめたくなってくる。
当たるとは限らないけれど、どれも私とはかぶらないとは思う。

どっちにしよう。どっちもかわいい。こういうときに優柔不断だと困る。

試着してみたところ、散々迷ったあげくに、元気系の、水玉模様の水着の方にした。
理由は、こっちの方が、健康そうにみえたから。
と、さすがにギャル系は白い肌に合わなかった。
あぁいうのはきっと、きれいに日焼けしたブロンズ肌の人が着るものなのだ。

会計をすます前に、水玉の水着を手に持ったまま、店内をなんとなくぶらぶらとしてみた。
家に帰る時間までには、まだまだ時間の余裕があったし、もともと、目的もなくただ店内をふらふらすることが、好きだったからだ。
店の種類に関係なく。

その中に、キャンピンググッツのコーナーがあった。なつかしいな、と私は一人で記憶の中に入る。
昔は毎年のように、夏休みは、家族でキャンプに出かけた。
しかし、兄さんが高校生になり、私も中学生になるにつれて、だんだんと家族の交流も少なくなっていった。
当然のように、毎年行っていたイベントも、なくなっていった。

私の家族。
父さん、母さん、兄さん、そして私。
昔は、仲が良かったな。
誰かの誕生日はみんなで祝って、毎年キャンプに行って。
年越しは全員リビングで、顔を合わせていた。
昔の私は、父さんも母さんも兄さんも大好きで。
末っ子の私は、甘えん坊だった。
甘えさせてくれる家族が、大好きだった。
でも、母さんは仕事を始めて、家族は急にばらつき始めた。
今考えてみると、うちは、母さんを中心に動いていたんだと思う。

過去形だから、今は仲良くないみたいな言い方だが、仲が悪いわけではない。
ただ交流がないだけ。不思議と会話が少ない。
でも、そんな干渉し合わない「同居人」のような関係が、私は楽で好きだった。
父さんも母さんも、私に口出ししない。
勉強のことも、学校のことも、友達のことも、何も聞いてこないし、私もしゃべらない。
門限だってない。
ただ帰る時間は自分で決めている。
だって、家に帰る時間を決めていないと、帰る場所がないように感じるから。
小遣いも決まっていない。必要なときに必要なだけ、もらう。

兄さんも、私に干渉してくることは、滅多にない。
ときどき、お互いのことを薄く、ごく薄く、話すだけだ。
深い話はしない。必要ないから。

きっと、今の私のことを詳しく説明できる人は、家族内に一人としていないだろうし、私も、今の家族のことを、詳しく説明できる自信はない。
というかできないと思う。

そんな家族でも、やはり、いなくなったら困る。
悲しいし、辛い。
そのぐらいの感情はもちろんある。
私にとって、父さんも、母さんも、兄さんも、必要だし、大切な人だ。

私は一人、家族のことを想った。



キャンピンググッツコーナーをまっすぐ進むと、サッカーグッツコーナーにたどり着く。
私は、サッカーをやるわけではないが、サッカー観戦が一応趣味である。
それでも、野球よりかはサッカー派、という程度だが。
でも、サッカーグッツを見るのも、なんとなくだが、好きだった。

水着を片手に、スパイクを見る。
あ、このデザイン、リョウがはいているやつと似ているな。
そういえば、サッカーを好きになったのも、リョウの影響だ。
リョウはサッカー部で、サッカーの話をすると、顔が輝いた。
あぁ、リョウは、サッカーが本当に好きなんだな、そう、率直に感じた私は、その一件から、日本代表のサッカー戦は、かならずテレビでチェックしたし、サッカー系の雑誌もチェックするようになった。
それだけ、好きだったんだ。リョウのことが。
だから、彼の好きなものも、私の好きなものに変わっていく。
そんなことを、思いながら。


ふと、顔に視線を感じた。
あぁ、誰かに見られてんのかな。
改めて考えてみると、派手な水着を片手に、サッカー用スパイクを見ている女子中学生、なんていう光景なんて、かなりこっけいだ。
他の客が私に視線を送るのも無理ない。
そう一人で解釈して、視線の送り主は誰かと、顔を上げた。
すると、当然、送り主と目が合う。
目があいそう、ヤバイ、知らない人だったらどうしよう、そんなのんきだけどあたりまえのことを考えていた私は、視線の送り主の正体に、息を止めた。


だって、そこには。



「・・・・おう。」



「・・・・リョウ・・・。」



いとおしい、いとおしい、あの人。








ガチャンと、缶が落ちる音がする。


「ほら。」


そう言って、リョウは私に、さっき、自動販売機で買った、缶のオレンジジュースを私に手渡す。
サンキュ、と小さく言って、私はそれを受け取った。
ひやっとする。冷えた缶が、ほてっている手に気持ちいい。


あの後、私たちはお互いの会計をすまして、例のスポーツ用品店の駐車場に来た。
私はリョウにちょっと話そう、と誘われて、二つ返事でその誘いに乗ったのだ。
当たり前と言えば当たり前なのだが。
好きな人の誘いに乗らない女がどこにいる。

この店は、一階が駐車場、二階が店内となっている故、上に大きな建物があるので、夏の夕方なのに薄暗かった。
平日だからか客も少なく、広い駐車場に、とめてある車の数もまばらで、駐車場にいるのは私とリョウだけだった。
私はタイヤ止めのブロックに腰掛けていて、リョウは、私に缶ジュースを手渡した後、私が座っているブロックとペアになっている、もう片方のブロックに座った。
二人は一直線上に並んでいることになる。
一メートル強くらい、離れているだろうか。
私とリョウにとっては、かなり近い距離だ。


どくん、どくん


自分の鼓動が目立つ。
何ヶ月ぶりだろうか、こうして二人で話すのは。
いや、二人っきりは初めてだ。
そもそも、リョウは何を考えて私を誘ったのだろう。
私は「無理」なんじゃなかったのか。
思わせぶりか?まったく迷惑極まりない。
だけど、久しぶりのリョウに、照れて赤面している私がいる。
水着片手にスパイク見てた場面を見られただけでも、かなりの赤面ものなのに。
駐車場が薄暗くて良かった。
私が無理な男に対して赤面しているなんて、誰にも知られたくない。
もちろん、本人なら尚更だ。

沈黙のまま、私は考えてた。
横目でリョウを見ると、先ほど自分用にも買った、ジュースを飲んでいる。
あぁ、やっぱ、顔がきれい。整っている。
じっくり見つめるのは、かなり久しぶりだ。


「嫌い?」


リョウが、急にそう言った。焦る私。
え、何が。リョウが?え、何。


「な、何が?」
「オレンジジュース。全然飲んでないから。」
「えっ。」


そう言って私は、握りしめたままの缶ジュースに目をやった。
そう言えば、さっきから黙ったまんまで、缶の口を開けてもいない。
おごってくれたリョウにしてみれば、心配だったのだろう。


「あぁ・・・・ううん、そういうわけじゃないよ。好き、オレンジ。」
「あ、そう。よかった。」


そう言ってリョウは笑った。
ドキッとするその笑顔。
私が一番好きな、リョウの表情。
あまり笑わない人だから、なかなか見ることはできないのだけれど。
白い歯がニカッと出て、細くなる目。
とてもうれしそう。こっちまで、笑いたくなってくるんだ。

私は微笑を浮かべながら、手の中の缶ジュースの口を開けようとした。

が。

開かない。
かたいなぁ、これ。昔から苦手なのだ、缶の口を開けるのは。
小さい頃は、いつも父さんに開けてもらっていた。
一人のときは、缶ジュースは買わない。

缶ジュースと奮闘していると、リョウがそれに気付いたらしく、手に持っていた自分のジュースを、コトンと地面に置いて、代わりにその長い手を、こちらに伸ばしてきた。
私は黙って目線を下に落としたまま、素直に缶ジュースをリョウに渡した。
リョウは、優しい表情を浮かべて、缶の口を開けると、さっきと同様に、微笑を浮かべてこちらに手を伸ばす。
さすがにお礼を言わないわけにはいかないので、私はそっと、ありがと、とつぶやいて、缶を受け取った。

かすかに手が触れた。

リョウは笑って、


「俺もそれ、昔、開けらんなくて。自分で開けられるようになったの、二、三年前。」


と言った。
今までに聞いたことがない、優しい声だった。
私は、ふふ、と軽く笑って、リョウが開けてくれたジュースを口に運ぶ。
のどが渇いていたわけではないが、なんだかいつも飲んでいるオレンジジュースよりも、おいしかった。


「どうしたの?」


ダメだ、これ以上一緒にいたら、顔がにやけそうになるのが、自分で制御できなくなる。
そう思った私は、早くこのリョウの思わせぶり劇場から脱出しようと、単刀直入に本題を切り出した。


「いや、なんとなく。アイと話したくなった。」
「そうなの?うれしいな、そう言ってくれると。」


ダメだ、本当にダメだ。
そんなこと言われると、にやけちゃう。
思わせぶり劇場にどっぷりはまりそうになっている。
あのリョウが、なんだか優しい。
私の名前を呼ぶ声が、愛しくて仕方がない。
そういえば、リョウと私は、お互いに下の名前を呼び捨てにして、呼び合っていたな。
あなたの口からその単語がでてくるのは、どれだけ久しぶりなのだろう。
今の私の顔、にやけているだろうか。
一生懸命に、クールで大人に返事を返すけど、やっぱり中学生の乙女、好きな人の前では、自然と笑みがこぼれてしまうもの。

そして、沈黙。
再度、私から切り出す。


「どう?最近。がんばってるみたいじゃん、サッカー。」
「うん。今度の大会、レギュラーになった。」
「へぇ。すごい。がんばってね。」
「うん。あんがとう。」


雰囲気は、和やかだった。
蝉の鳴き声が、心地良い。
沈黙を、沈黙と感じさせないから。
蝉の鳴き声のおかげだろうか。
なぜだろう、リョウとの沈黙は、心地よい。
とぎれる会話が、苦痛ではなかった。
沈黙には二種類あって、気まずくて気分が悪くなる沈黙と、心地よいあってもいい沈黙。
私の場合、人によってどっちかになるのだが、リョウの場合は、心地よい沈黙だった。
表面はクールな性格のせいか、てっきりリョウも、気まずい沈黙側の人かと思った。
心地よい沈黙を持っている人の性格の共通点は、実は優しい、というところ。
にじみ出るのだ、優しさに溢れたオーラが。
その人の心理状態にもよるが、今、リョウはから優しいオーラがわき出ていた。
リョウも、私との沈黙に、心地よさを感じているのだろうか。
前感じていた、リョウのとげとげしさを、全く感じない。
普段、きつめなポーカーフェイスの彼が、とても穏やかな表情をしていて、いつもは見せない笑顔を、私の前で見せている。
心なしか、口調も、態度も、穏やかで優しげだ。

気付くと、私の緊張は、もうほどけていた。
この雰囲気のおかげだろう。私も今、きっと穏やかな表情のはず。


「アイ。」
「ん?」


リョウが真正面を向いたまま言った。私はリョウの方を向いて、横顔を見つめていた。


「俺ね、学校からでると、性格変わるって言われたんだ。そう思う?」


そう言うと、リョウは、私の顔を見つめた。
やっぱり、私の感じたことは、錯覚じゃなかったんだ。
他の誰かも、学校外だと優しくなると感じたのだ。


「あー・・・学校にいるときよりは、いい顔してるよ。」
「そっか。」
「なんでそんなこと私に?」


私がそう聞くと、リョウはまた笑った。


「アイなら、わかるかなって。」
「・・・どうして?」
「アイって、感受性が高い感じがする。」
「・・・そう?」
「うん。でも、他の人に聞いても、その、性格変わるって言った人以外、みんなわからないって言うんだ。その人によると、その人以外の人の前だと、学校のときと性格変わらないんだって。」
「その人って、誰?」
「タク。」
「あぁ、タクか。」


タクとは、私のクラスにいる学年一モテると言っても過言じゃない、というヤツだ。
来週、海に行く男子メンバーの中に入っている。
そう言えば、タクとリョウは同じサッカー部で、親友同士だ。


「でさ、タクが言うには、俺が心を開いているやつには、俺の性格が変わるんだって。」
「心?」
「うん。タクは昔から一緒にいるから、そういうことなんだ、って言う。タクにしてみれば、学校にいると俺の性格が変わっちゃうことになるんだけど。俺、自分では全然そんなこと意識してないんだ。」
「うん?」
「だから、いろんな人に聞いてみたんだけど、変わるって答えたの、アイだけだよ。」
「へぇ・・・。」
「だから、俺も気付かなかったけど、俺はアイに心を開いてるってことになるんだ。」
「まぁ、そういうことになるね。」


リョウはそう、一通りしゃべり終えると、自分のジュースを口に運んだ。
そして一息つくと、立ち上がり、私の方に歩み寄ってきて、私の目の前にしゃがんだ。
リョウの意外な行動に、私はびっくりして肩を硬め、リョウを見た。
リョウもまた、私のことを見つめた。
目が合っている。
握りしめた缶が、小さな音を立ててへこんだ。
そして、目があったまま、リョウが口を開く。


「俺ね、素直になることにしたんだ。」
「・・・・。」


私はリョウのきれいな目に縛られて、息をするのがやっとだった。


「自分の気持ちにうそついちゃいけない、自分の気持ちを作っちゃいけない、そう思ったんだ。」


こくん、やっとのことで、リョウの言葉にうなずく私。


「俺、アイのこと、たくさん傷つけたんだと思う。でも、わかったんだ、今。俺の気持ちが。」
「・・・・。」
「なんで、俺、あんなことしたんだろう、って、後悔してる、すごく。なんで、素直にならなかったんだろうって。今日、アイと会えてよかった。」
「・・・・うん。私も、そうだよ。ぎくしゃくしたままだったもんね。」
「そう。そのこともそうなんだ。」


そして、また沈黙がやってくる。
リョウはしゃがんだまま、黙っていた。
目線が、下に行ったり横に行ったりしていたことから、何かを考えていたらしい。

リョウは、重い口を、開く。


「俺、ちゃんと言うよ。だから、ちゃんと聞いてて。」
「うん。」






「俺、アイのこと、好きみたいなんだ。」







14 years old NO.5 へ続く






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