amour methode 15





11,








「アイー、まだ起きてるー?」


暗い中で、背中の方から、声が聞こえてきた。


国宝館を出た後、すぐに私たちは旅館へ向かった。
国宝館のすぐ近くにある旅館とホテルが混じったような宿泊施設で、私たちみたいな修学旅行生を主な客としている旅館である。
集会用の大部屋だって、みんなで食事するための大食堂だって用意してあるし、何よりも各部屋に、自分たちで布団を敷くための手順が書いてある説明書きが置いてある。
その文章があまりにも子供向け。
これを見たとき、アリサと私は二人して笑った。

幸いなのか不幸なのか、私たちの班はたまたま、一日目は二人部屋に泊まることになっていた。
他のだいたいの部屋は大部屋で10人弱が布団を並べて敷いて寝るらしいが、私たちの部屋は狭めの部屋。
それでも二人で使うには広い部屋だった。
布団をきゅうきゅうに敷き詰めて、余裕もなく寝るなんてまっぴらごめんだったから、アリサと二人でラッキー、なんてはしゃいでた。

みんなで食事をして、修学旅行とか、学校の宿泊行事で一番面倒な集会を終えたあと、風呂に入って、反省やら何やらを書かされて、就寝準備をして、ホテルに戻ってもバタバタと忙しく過ごして10時に消灯。

先生に点呼をされて、そして素直に布団に入る。
不思議だな、この旅行に来る前まではあんなにお互いカリカリしてつき合ってたのに、今となっては布団を並べて、同じ部屋で寝ているなんて。

そんなことを思っていた矢先、アリサの方に背中を向け横向きに寝ていたら、アリサが小さく、声を掛けてきた。
寝返りをうって仰向けに寝て、首だけ回してアリサの方を見た。


「起きてるよ」
「もしも、の話をしてもいい?」
「……なに?」


私はあえて向きを変えずに、それはアリサに心を読まれないためだったかもしれない、一言だけ口に出した。
もしもの話……?
なにを言うつもりだろう。

窓の外では、夏虫が騒々しく鳴いていた。


「もしも、の話よ、もしも」


念を押して言うアリサの声は、声を小さくしているからそう感じるのだろうか、なんだかいつもの自信のあふれた口調とは少し違って、不安が混ざったような、そんな声だった。


「うん?」
「もしもね、アイ、あんたが好きな人に、彼女がいたらどうする?」


心外をつかれた。
思わず私は、え、と戸惑いの言葉が口から漏れてしまった。
これはどういった質問なんだろう。

少し迷ったけど、なんだか質問の意味がわかった気がした。
アリサは、本人曰く、そして行動からもわかるように、リョウのことが、ずっとずっと昔から好きだった……。
今の自分の状況を、そのまま話しているのだ。
その張本人の私に向かって、遠慮もなく堂々としているなんて。
とんでもない話である。

それでも、本当に本当に、もし、好きな人に、彼女がいたとしたら。
去年のあの夏、リョウと本当の意味で”出会った”あの夏、既にリョウに、彼女というものがいたとするならば。
私は本当に、どうしていただろう。
今となっては考えられない、リョウが、他の女の子のことを好きで、自分にしているような、ちょっかいを出したり、あの笑顔を見せてケラケラ笑い合って……そして、手を繋いだり、抱きつかれたり、キスをしたりする。

そんなの……


「考えられない」


私はその一言を、心の底から思ってしまった。


「そっか。そうだよね、そんなもん」


アリサは力なく、小さく笑って言った。
なんだか、その笑顔は、すごく、すごく、キレイだった。


「じゃぁさ、質問変える。リョウとアイって、どうやってつき合ったの?」


アリサはウキウキしたような口調でそう言った。
こんなこと訊いてくるなんて。
びっくりだ、ここんとこの驚きの中で上位にランキングする。


「え?そっか、そう言えば知らないんだよね」
「うん、ききたい」


あのね……、と、今度は寝返りを打って、身体の向きを変えて話し始めた。

私は、リョウを一目みた、あの入学式のときから、ずっとずっとリョウを好きだったこと。
叶わないと思いこんでいた片想いを、ずっと続けていたこと。
あのスポーツ用品店の、冷たい駐車ブロックと、たくさん汗かいてた、リョウが開けてくれた缶ジュースのこと。
8人で出掛けた、あの海でのことや。
いきなりされた、テレビ番組のインタビュー。
いろんなものと、戦ってきた、先生とも、ミワとも…。

いろんないろんな思い出が、私の中に蘇ってくる。
思い出してみると、なんだか幸せな気持ちと、懐かしい気持ちが混ざって、とにかく、それは愛おしい感情だった。


「へ〜。なんだか波瀾万丈だったのね」
「そうなんだよ、なんか何かと大変だった」
「なんかもっとトントン拍子につき合ったのかと思ったわ」


アリサはなぜか残念そうにそう言った。
なるほど、もう少し簡単につきあっていれば別れも簡単にやってくると思ったか、この悪魔め。


「だって最初は私、リョウに嫌われてたよ、きっと」
「えっ!?なにそれ!」
「私の予想だけどね、でもあれは完全に避けられてた、アドレス変えても教えてくれなかったりさ。今考えてみると、なんでつきあえたのかがわからない」


本当になんでだろう、あの当時、急に、誰かが魔法をかけてくれたのであろうかと思えるほどに不思議である。
そういえば、そういう詳しいところを本人に聞いたことがない。
私は平気でベラベラと一人でずっと好きだったことの諦めようと頑張ってたんだことの、聞かれてもいないのに実にいろいろとしゃべってはいるが、リョウはそんなこと私に話してくれてはいない。
なんでだろう。


「そういう話、しなかったの?」
「う〜ん、私は勝手にしゃべったけど、じゃあ、俺はさ、実はこうなんだ、とかいう話はしてくれたことはない」
「え、それって……」


アリサはなぜかにやつきながらそう言いかける。
なんだなんだ、その含み笑い。


「へっ……な、なに」
「もしかしてリョウ、アイのこと好きじゃないんじゃない〜?」


えっ……!
言葉を失った。
なんだかアリサにそう言われると、そんなような気がしてくる。


「えっ、ちょっと待って」
「ふふふっ、動揺してるなんて」
「だって、なんかそう言われてみたらそうかもしれないような気がしてくる」
「……本気?」


アリサが眉間にしわをよせながら、苦笑いしている。
首だけ向けていたのを、身体ごと寝返りを打ってアリサに向いた。
どうしよう。もう頭の中は、焦りばっかりだ。

私が何も言わないでいると、アリサはふふっ、とまた小さく笑った。


「32回」


そう言いながら、逆にアリサは私に背を向けた。


「なに?」
「今日、あたしとリョウが一緒にいた時間……リョウが、『アイ』って言った回数」
「え……」
「たった一時間足らずで32回だからね。……だから大丈夫だよ。おやすみ」


アリサは、何も言わない私を、どう思ったんだろう。






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