amour methode 15
9,
「はーい、じゃ一時間とちょっと好きなことやってていいわよ。なんかあったらすぐに言うこと!」
担任がそんなようなことを言った後、みんなが怠そうに、でもうきうきする気分を隠しきれない声色で、はーい、と返事をする。
窓の向こうで、景色が移り変わっていく。
速度が早すぎる。私の動体視力じゃついていけない。
待ちに待って……もいないかもしれない、でもとにかくやってくることには違いなかった、学生時代の思い出の代名詞、修学旅行。
新幹線の中、これまた運がいいのか一番窓際の席になった私は、窓のフレームに映るまだ田舎の風景をただ目に映らせる。
あー……どうしよう、結局アリサと話つける前にこの日がやってきてしまった。
私の隣でアリサは、同じ班の男の子、沢村ケンジと、そしてリョウの3人で話している。
沢村は野球部のエースで、ノリが良い上に空気が読めるイイ奴だ。
坊主頭がすごく似合ってて、クラスではリョウと2人ですごく仲が良い。
そんなこともあってか、私たち三年四組第四班は『めちゃくちゃ仲が良い班』と言われていたりしている。
鼻で笑うわ。
早くもリョウと沢村の2人は席をぐるんと一回転させて、私たちと向き合っている。
修学旅行にありがちな風景だ。
「隠し事って、このことだったのかよ」
リョウはあきれたように笑った。
一週間ほど前の、二人でグーテン・アーベントに行ってきた、その帰り道でのことだった。
時計を見ると、すでに9時を回っている。結構盛り上がってきちゃったな。
リョウはすっかりキヌヨさんのペースに巻き込まれてしまっていたが、なによりもマスターと気が合うようだった。
私とキヌヨさんが二人で盛り上がってしまっているときは、マスターと二人で楽しそうに話していた。まぁいいことかな。
二人でゆっくりと夜道を歩いていく。時折横を走っていく、車がうるさくて。
6月の半ばだけど、やっぱり少し冷える。まくった制服の袖から出る腕が、ちょっと寒い。
「うーん……まぁ、隠してたつもりはないけど」
「ま、隠し事にしちゃ重要性に欠けるがな」
リョウの言葉に二人で笑うと、リョウは軽く溜息をついた。
「もう、俺心配しちゃったよ」
「なんで?」
「俺が原因で、なんか悩んでるのかなぁ、って。今回の写真事件もそうだろ?絶対に、何かが起きてるって思った。何かが起きていなきゃ、こんな馬鹿なことする奴なんかいない。でも俺は何も知らなくて。アイが何か知っていて、しかもアイにだけ何かが起きてる、それに俺に知られちゃまずい内容……って、勝手に解釈してたんだよ。だから少しキレた。ごめん」
「……」
リョウは敏感すぎる。
私に嘘つく隙すら与えてくれはしない。
……いや、厳密に言えば、嘘はつけているのだけど。それは表面上の形だけ、私の心も体も、大好きなリョウに嘘をつくなんて、許させてはくれない。
今回だって、嘘を守り抜くために、嘘をつかなくちゃいけなくなった。
リョウ、ごめんなさい、という罪悪感が私の中を襲ってくる。
どうしてリョウはこんな鋭いのだろう、本当に私に打ってつけの相手だ。
こんな嘘が上手い、汚い自分なんかに、鈍感なキレイな奴は似合わない。
でもアリサのことを言うわけには、絶対にいかない。
今回の嘘はつかなくてはいけない嘘なのだ。リョウに言ったって何か解決するわけでもないのだし、これは私の中の意識の問題。それに今回の写真事件が、アリサのしわざと決まったわけでもない。
だから私の中にしまっておく。
「リョウ」
「ん?」
「ごめんね」
謝ることしかできない私を、リョウは許してくれるだろうか。
「あれー?宮森、どうした?もう酔った?」
沢村が心配そうに私の顔をのぞき込む。
しまった、あまりの憂鬱さに思わず表情を曇らせてしまっていた。
「早いから!」
ノリよくツッこむと、沢村はだよなぁ、と笑った。
だめだだめだ、せっかくの修学旅行なのだから、思う存分楽しもう。
「ついたぁー……」
京都駅。
なるほど、私たちと同様に修学旅行生らしき、制服姿の私たちと同年代ぐらいの集団がたくさんいる。
そう言えば先生たちが口をすっぱくして言っていたな、「決して他校生とのトラブルを起こさないように」って。
ちょっと荒れている学校じゃそこらの不良が他校生に喧嘩を売りかねないだろう、まぁうちの学校は落ち着いてるって地域でも有名な学校だから、喧嘩を買うような馬鹿はいないだろうけど。
私たちの修学旅行は2泊3日。
一日目から二日目の午前にかけて奈良を訪問して、二日目の午後から三日目にかけて京都を訪問。
私たちの学校は厳しいためかどうかはわからないが、修学旅行独特の、班ごとに動く『タクシー行動』がない。くそっ、同じ市内の他の学校ではどこもタクシーでビップな扱いされているというのに。
だから目的地までは全てクラス単位でバス行動。目的地についたら班ごと行動。まぁつまらないと言っちゃつまらない修学旅行であるが、私は別に気にしていなかった。
京都には前々から得体の知れぬ憧れに似たものを抱いていた。リョウも同じだったみたいで、三年生になって同じクラスになってから、本屋に寄っては京都のガイドマップを開いて、ここおもしろそうだね、なんて話していたぐらいだから。
すごく楽しみにしていたんだ、この旅を。
京都駅を出てすぐ貸し切りのバスに乗り込む。これからしばらくバスに揺られ、そして一番最初の訪問場所、奈良の平城京跡に向かう予定。
そして、バスの二人掛けの座席、私の隣に座るのは。
「あー、疲れた。キャラ作ってんのも楽じゃないわ」
もちろん、上島アリサさんでございます。
まぁ同じ班だからね。うん。
アリサは私の隣で、顔はあの天使アリサちゃんのままで、でも声は黒アリサにして私にそう語りかける。この顔と声のギャップに慣れるのに、この私でもしばらく慣れるのに時間がかかった。
慣れたと言っても、未だにこの奇妙な行動を取られると、げっ、という顔をしてしまう私がいる。
どうやらアリサは、この学校では私の前でだけ黒アリサを見せているみたいだ。
アリサも上手くやっているものだ、普通なら気が緩んで2、3人ほどに自分の本性をバラしてしまうだろうに。
それが全体に広まる原因だと知っているのだろう、私の他に一切そんな黒いそぶりを見せない。
そんな理由もあってか、アリサは私と過ごしている方が楽らしい。
普段の学校の休み時間も特別な用がない限り二人とも自分の席を離れないため、席が前後の私たちは必然的に『いつも一緒にいる』二人組になりつつある。
別に一緒にいたくているわけでもないし、一緒にいるつもりもないけれど。
「だったらキャラ作るのやめればいいのに」
私がぼそっと言うとアリサは、馬鹿ねぇ、と笑った。
「あたしがこの見た目であんたに見せてるような態度、万人にしてみなさいよ。美人なのにつっぱってるただの典型的な性格悪い美人になっちゃうじゃない」
自分で美人って言うな、自分で。
「あたしは見栄っぱりだから。いつでも完璧で性格が良くて美人なアリサちゃんでありたいのよ」
「んじゃ頑張ってください」
「こっちの学校にあんたがいてよかったわ。羽のばせる相手が一人ぐらいはいないとね」
アリサはふっ、と薄ら笑いを浮かべた。
この顔とこのしゃべり方とこの態度。本当に私に感謝してるのか?この女。
私が窓際に座ってよかった。窓の外を眺めて、アリサの話を流すフリができる。
おっ、マックの色合いがなんか地味だぞ……やっぱり京都はマックも京都風なのか。
関西弁をしゃべるバスガイドさんが、なにやら京都や奈良に関するいろんな知識をべらべらとしゃべっていく。
「ねぇアリサ」
「なに」
「アリサって転校してくる前の学校でもそんなことしてたの?」
「そんなことって」
「猫かぶってたの?って話」
「あたりまえ。昔からあたしの習慣だから。コレ。あっちの学校じゃあたしの本性知ってる奴一人もいないから。レアなのよ、あんた」
ちょっと疑問に思ったので聞いてみたが、やっぱりこいつになんか、さぞ複雑な過去環境があったなんて悲劇的な展開はないか。
もしかしたらあっちの学校でなにか心のトラウマになるようなことがあって、こっちでは完璧な自分を作り上げているんじゃ……なんて心配をしてしまった私。偉いぞ、今さっきの私はちょっとだけ優しかった。
彼女はこの猫かぶりを自己満足のためにやってるのか?完璧主義?彼女の言う通り見栄を張るため?
いずれにせよ彼女にとってこの表裏は生きる上で重要かつ必要であるには違いない。ばらす必要も意味もないからほっとくことにしよう、と前々から思っていたがやっぱりこれは遂行することにする。
「ねぇ、アイ」
黒アリサが珍しく私の名を呼んだ。珍し!なんて思いながら目を見開いてアリサの顔を見ると、アリサは黒アリサなのにもかかわらず、私に優しく微笑みかけていた。
「せっかくの修学旅行なんだし、班員で女ってあたしとアイだけでしょ。こんなところまで敵視しようなんて思ってないわよ、楽しも?」
そう言ったアリサは、悔しいぐらいに、やっぱり綺麗だった。
「……も、もちろん」
思わずそう答えた私は、アリサに騙されている一人になってしまったのだろうか。
「めっちゃ広い」
「綺麗だねー、草原ばっかで。なのにずっと見てて飽きない」
それからというもの、アリサは本当に自然体だったように感じる。
私の前でさえみんなの「アリサちゃん」だったわけじゃない。普通に私の前だから自然体で黒アリサだったが、私に対する敵対心みたいなもの……それを明らかに持っていなかった。一緒にいて心地よかった。
「なんでみんなあんなずんずん進んじゃうだろ。こんなすごいもの見てなんも思わないの?」
アリサは私の隣をゆっくりと歩き、草原を眺めながら私にそう言った。
しばらくバスに乗ってたどりついた最初の訪問場所は、平城京跡と、朱雀門。
公園の中に向かって歩いてくると、どこを見ても草原。
こんなところに本当に都なんてあったのかな。
今日は梅雨のシーズンなのに、すがすがしく晴れていて、頬を撫でる風が6月の太陽とバランスが良い。
どうやらアリサも私と同じで、こういう価値のあるものはじっくりと見たい派らしい。
二人ともそう思っているから、私とアリサは二人だけクラスの集団から遅れてしまっていた。
アリサの言うとおりみんなはずんずんと、不思議なくらい足早に歩いていく。
このどこまでも続きそうな草原を、眺めながら考えながら歩いている私たちの足並みはゆっくりと合っていた。
「うちらがおかしいわけじゃないといいけど。普通の中学三年生は、こういうものに心打たれないのかも」
「ふーん……あたしはいつまでも見てられるけどね」
アリサはそう言って笑った。
リョウのことさえなければ、アリサとはいい友達になれていたんだろうな、と思うことが度々あった。
今もつくづくそう思う。自然体の、素のアリサとは一緒にいて楽だ。なんだかナナやリョウと一緒にいる感じに似ている。
クラスのみんなから離れているのにも関わらず、それを気にする様子なくゆっくりと歩いていく。
今日のアリサはなんだかいろんなことにふっきれているみたいだ、いつものアリサならクラスのみんなから離れて歩くなんて問題外、明らかにみんなと違うこの行動をするなんてことないのに。
修学旅行ぐらいは、って思ってるのかな。
「今、不思議に思ってたでしょ。あたしがこんなことするの」
「え?」
「私がこんな風にみんなと違うことするの、不思議に思った?」
「あぁ……うん、まぁね。いいんじゃない、たまには」
「あ、そう?」
アリサとそうやって笑ってると、前の方を歩いていたクラスの団体から男の子らしきシルエットの二人組が出てきて、こちらに走って向かってくるのが見えた。
遠目からだけどわかる……。リョウと、沢村だ。
集団から外れて歩いている私たちのことを心配してくれたのだろうか。
「あ、なんか来た」
「とうとう担任も派遣したか、これだけ離れてれば」
沢村とリョウは私たちのちょっと手前で止まると、なんだよー、と言った。
アリサの言うとおり、どうやら担任に連れてこいと言われたらしい。
ごめんね、とアリサは二人に申し訳なさそうに言うと、私に向かって、しょうがない、行こうか、という顔をしてみせた。
私がそれに微笑で答えると、アリサはリョウと沢村に、んじゃ戻ろうか、笑顔を向けた。
「なんだよお前ら、秘密の話かよ」
四人でみんなの元に走っていくときに、リョウがうれしそうに私にそう言った。
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