amour methode 15



8,



「俺に何か、隠してるだろ」


心臓が止まるかと思った。


「お前がいくら嘘ついて演技してもな、俺にはバレバレなの」


リョウは溜息まじりに言う。珍しく表情や口調にちょっと怒りを含んでいる。
二人とも無言で階段を上がっていく。

言葉が見つからなかった。
アリサのことは隠していたかった。リョウを悲しませたくなかったから。リョウに気を遣わせたくなかったから。
なにより、私の中の……プライドではない、でもそれに近いものが、リョウに頼ることを拒んだ。
そのためには、何か誤魔化す嘘を考えなくてはならなかったのに。

これ以上、リョウに嘘ついていくのか?

そんな気持ちが、私の心臓を引っかき回す。


「あくまでも予想、だけど」


私が黙っていると、リョウがさっきよりも穏やかな声でそう言う。
思わずリョウの顔を見た。


「人間関係で何かあった」


嫌だ。怖い。リョウの勘は当たりすぎる。
リョウの顔から目を背ける。


「しかも俺関連だろ」


嘘なんてついていけないよ。


「あ、あのね、リョウ、私―――――」


言おう、って決心して、そう言いかけたとき。


「リョウ!アイ!」


階段を上りきった、長い廊下の向こうから、アイツが、走り寄ってくる。
いつの間にか呼び捨てになった、私の名と、リョウの名を呼びながら。


「呼び出しされたんだって?大丈夫だった?」


アリサは私たちの前で立ち止まると、本気で心配したような顔をして、そう言った。


「あー、まぁ俺らなんも悪いことしてないから余裕でスルー」
「よかったー。説教されてたらどうしようかと思って。心配してたんだよー」


リョウはさっきとうってかわって、笑顔でアリサと話す。

なんだよ……コロッと顔変えてんじゃねーよ、しかもそいつの前で。
心配してた?
ふん、笑わせんじゃないわよ、これがきっかけで何か起こればいいのに、なんて考えてた
んでしょ?
ったく本当にタイミングいいときに来るな、コイツは。
まさか私が言ってしまいそうになったのを野生の勘で感じてここに来たってこと?

自分の心が、醜い感情で埋め尽くされていくのがわかる。
私は二人を置いてすたすたと歩き出す。
この二人が、笑顔で話しているところを見るのは、辛い。


「アイ〜?一緒に行こうよ」


アリサがそんな私に気付き、演技力たっぷりに本気で一緒に行こうなんて思っているような口調で言うけれど。
この三人で教室に帰るなんて、まっぴらごめんだわ。
あんたたち二人が笑顔で話す隣を、惨めについてこいって?


「あ、ごめん、私次の授業の宿題やってないんだわ。先行ってるから、二人はゆっくり来て」


バカみたいに嘘がぽんぽん浮かんでくる。
本当は二人で帰られるのが一番嫌なのに。
二人が話しているところを見れるような寛大な心も、余裕も持っていない。

返事を待たずに走り出す。

こんな自分、やだ。










それでもナイスタイミングでアリサは来てくれたのかもしれない。
あそこにアリサが来てくれなければ、間違いなく私はリョウに全てをうち明けてしまっていただろう。

さっきは少しだけ鬱だったなー……。

とか思っている、昼下がりの5時間目の授業。

本当にくじ運があるのか、一番窓際の席になった私は、国語の授業なんて聞きもせず、ぽかーんとただ窓の外を眺めていた。
どよーんとしている空。気持ちまでどよんとしそう。まぁ梅雨だからしょうがないか、と割り切れる開き直りの早い私がいる。

隣の席でリョウは、ちゃんと授業を聞いているらしい。
理系の頭をしている彼は、理系の授業はぼーっとしていることがあっても、文系の授業は割としっかり聞いていることが多い。
もともと授業はちゃんと受ける人ではあるが。

あれからリョウは私に話しかけてこない。あれからと言っても、昼休みが終わって、この国語の授業が始まってからであるけれども。
いつもだったら、変な絵を描いて私に見せてきたり、担当の先生の似顔絵描いてどっちが似てるか勝負しようぜとか、本当くだらないことを言ってきたりするのに。
今は何にもない。

なんだよーっ……。

でも本当に今は悩まなければならない。
隠し事をしているってこと……アリサのことを隠していること、バレていたのか。
なんでだろう?どこでバレたんだろう?
リョウに嘘ついたことなんて今までなかったから、原因なんてつかめやしないけど。
たぶんリョウの神パワーと勘の良さがいけない。きっとそうだ。

さっきは思わず、リョウの優しさに甘えてしまいそうになった。
でも、アリサのことは、やっぱり言うわけにはいかない。
言うならばせめて、数日後に備えている修学旅行のあとだ。
なんて言い訳しようかな。ちゃんと言わなければ、このまま機嫌を損ねたままになってしまうだろう。
何か、リョウにまだ言っていない上に言っても差し支えないことを見つけて、それを『隠していること』に仕立てあげるしかない。

なんかリョウに言ってないこと、あったっけ……?

……あ!


「あのね、リョウ」


早速行動に出る。
リョウは来た、という感じだったが、それも隠している様子。
機嫌悪そうに、なんだよ、という顔をしている。


「別に隠してたわけじゃないけど、リョウが言う隠してたことって言うのは……」










カランカラン、と軽快に鳴る、私たちを迎える入り口のベルの音。


「いらっしゃいませ。……おや?」


私はいつもと違って、ちょっと照れたように口元をあげて笑った。
マスターは、いつもと違う私の様子にすぐに気が付いたようで、まだ不思議そうな顔をしている。
いつものカウンター席に座りながら、ココアを2つで、と人差し指と中指を立て、マスターに呼びかけた。


「かしこまりました。……リョウ君、ですか?」


マスターは状況を察したようで、あの優しいほほえみを私たちに向けた。
そう、今日はいつものように一人でここ、グーテン・アーベントに来たわけではなく……リョウと2人で、ここにやってきたのだ。

隠してるだろ、と言われて何かを吐かないわけにはいかなかった。
リョウはふてくされて口も聞かない状態なんて、耐えられるわけがない。
ということで、今までナナ以外、誰にもうち明けることのなかったこの場所、グーテン・アーベントを、リョウが言う『隠していること』として明かしたのだ。
それでも嘘をついていることになるけれど、勘弁してね、リョウ。

この店のことを、別に隠していたわけではなかった。
でも言う必要もないだろうと勝手に解釈して、会話に出す機会もなかったし、この店が私たちの関係に直接関わるわけでもなかった。
だから今まで、『秘密』という存在になってしまっていたのだ。

私はマスターの問いかけに、こくん、と頷いた。
ただこくん、と頷いただけではない。意味ありげに強くマスターの目を見て、お願い、ここにつれてきたのには意味があるの、とアイコンタクトでマスターに訴える。
マスターはそれに気付いてくれたようで、茶目っ気たっぷりにいつものウインクをすると、ココアの準備を始める。


「ども」


リョウはぶっきらぼうに頭をぺこっと下げた。
直ってないなぁ、人見知りするところ。


「お話はアイさんからよく聞いています。どうぞ、ゆっくりしていってください」


マスターはリョウの人見知りを気にする様子もなく、いつもと変わらない穏やかな口調でリョウに話しかける。
もともと人見知りをする私が簡単にうち解けられた人なのだ、きっとリョウもすぐマスターの人柄の良さに気付くだろう。

そして大切な人、もう一人……。


「マスター、今日キヌヨさんくるかな?」


キヌヨさんには、どうしても会わせたい。
なんせ、前々から、リョウのかっこよさを直接拝みたいわー、なんて、言葉を泳がしていたのだから。


「今日は急な用事がないかぎり、来ると思いますよ」
「そっかー。ま、6時すぎになれば来るかな」


キヌヨさんが仕事を上がるのは5時。それから移動の時間を含めて一時間すれば十分ここにつくだろう。
楽しみだな、どんな反応するんだろう、キヌヨさんも、リョウも。
きっとリョウはキヌヨさんの、初対面上等ぶっとばしキャラに驚くだろう。
そんな様子を1人で連想して、にやにやしていた。
私とマスターが仲よさそうに気さくに話していると、リョウは黙ってココアをすすり出す。


「うま」


リョウはマグカップを驚きの表情で眺めながら、そう一言言った。
私は自分が作ったわけでもないのに自慢を含んだうれしさがこみあげてくる。
自分が通っている店の、行けば必ず注文するものを褒められることって、結構うれしいことなんだなぁ。
得意な気分になってくる。


「マスターのココアは最上級においしいしょ?」
「やばいよコレ。アイのココアと同じぐらいうまい」


リョウはもう一口飲んでからまた、うめぇー、と言った。
リョウは私のココアを、一番おいしいと言ってくれている。
冬になるといつも飲みたいと言って、その注文に応えて作るのがすごくうれしかった。


「私のココアはマスター直伝だからね」
「だからか!感じが似てる」


リョウはうれしそうに言う。
そうなんだ、実は。
私のココアの作り方はマスターの方法を見て、教えてもらったもの。
このココアに相当惚れ込んでいるから、自分でも作りたいって思ったんだ。
リョウは私の作るココアがマスターと同じぐらい、と言ってくれてるが、私は断然マスターの作ってくれるココアの方がおいしいと思った。
おかしいな、私とリョウはだいたい味覚が同じで、好きな物も味の感じ方も同じなのに。
この差はなんなんだろう?

私は一人にやにやしていると、聞き慣れたカランカラン、というベルの音がまた鳴る。
もしかして、と思って振り向くと同時に。


「マスター!カルアミルク!」


キヌヨさんがいつもの調子で入ってくる。
いらっしゃいませ、とマスターもいつもの調子で言う。
隣に座ったリョウは、なんだなんだ、と言うかのごとくキヌヨさんに視線を注いでいる。


「おー、アイ!来てるじゃんかー……ん?」


キヌヨさんはこちらにカツカツとヒールの音をたてながら向かってきているが、やはりリョウの存在に気付いたよう。
なんたって、いつもはキヌヨさんが座る席にリョウが座っているのだから。


「あー!リョウ?だ!」


キヌヨさんはうれしそうに満面の笑みで、私の隣に座る。
そして落ち着くと、リョウの顔を私ごしに見つめる。


「なになに、連れてきてくれたの?」
「隠し事してるだろ、って、怒られちゃったんだよ」


そう言うと、キヌヨさんの表情は一瞬変わる。
アリサのことがバレそうになっている、ということを、この台詞の中で何気なくアピールしたことを、キヌヨさんはちゃんと気付いてくれたのだ。
大丈夫よ、まかせて、という目をして私にアイコンタクトをしたあと、キヌヨさんはなるほどねー、と言ってまた笑顔を作り、リョウに呼びかける。


「どうもー、アイからいろいろと話聞いてるわよ、リョウ君」
「……ども」


リョウはココアのときのテンションを忘れて、また人見知りをする。
あちゃー、リョウはこういうキヌヨさんみたいなテンション高い人苦手だからなぁ。
ま、時間が経てばリョウもわかってくれる。


「リョウ、この人は私と同じこの店の常連で……」
「キヌヨでーす」

私が紹介しようとすると、キヌヨさんがキャバクラ嬢っぽく自己紹介する。
私がぷっと笑うと、キヌヨさんが何よー、って言い始める。


「なんかキャバクラ嬢みたい」
「え?隠れた才能発揮?」


2人でそんなくだらないことで笑っていると、マスターもカルアミルクをキヌヨさんに出しながら、転職したらどうですか、なんて笑って言ってみせる。
それもまた私たちの笑いを誘うわけで。
そしてキヌヨさんは自分の恋路の話をし始める。どうやら、今日いいことがあったみたい。
マスターもうれしそうに耳を傾ける。

すると、


「仲良いなー……」


リョウはあきれた風にそう言った。
私とキヌヨさんは一度顔を見合わせると、またにこっと笑顔になる。


「でしょー?」


と二人揃って言うと、またケラケラ笑い出す。
こういうときって、本当にキヌヨさんと年の差を感じない。
何も気を遣わない、親友と一緒にいるのと同じで、本当に楽しい時間。
なんでもないことに笑うのって、結構大切な時間だ。


「この二人の仲の良さは尋常じゃないですよ。もう私は双子の娘がいるみたいで」


マスターがリョウにうれしそうにそう言う。
リョウはマスターの言葉に小さく笑うと、メニューをマスターに掲げ見せて、これください、と言った。
それが偶然にも私がよく頼むこの店の人気メニューで、しかも今日食べようと思っていた物。
こういうとき、小さな運命を感じてしまう私って馬鹿なのか?


「あ、リョウー、私もそれ食べるー」
「じゃぁ、トマトスパゲティ二つでよろしいですか?」
「うん」


これうまいの?なんてリョウと会話していると、キヌヨさんも店のメニューを見て注文する。


「マスター、私シーザーサラダ」
「はい」


3人とも注文し終えると、またキヌヨさんの話が始まる。
相当おもしろいことがあったみたいだ、るんるん気分を押さえ切れていなく、オーラにそれが混じっている。


「キヌヨさん、俺にも話聞かせてくださいよ」


リョウのその一言で、キヌヨさんの気分は最高潮。

リョウはキヌヨさんやマスターの人柄に気づき始めたよう。
なんだかリョウの気分も上々みたい。


「リョウ、お前いい奴だな」
「誰の男だと思ってんすか」


その会話を踏ん切りに、長い長い夜は始まる。






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