そばかす
5,
晴彦「てか、告んねぇの?藍子。」
その台詞が聞こえてきたのは、あの、通い慣れた地下室の中からだった。
もちろん俺は、その晴彦の俺にとっては衝撃的すぎる言葉に、足を止めた。
あの日の屋上で、藍子は晴彦ではなく弘樹のことが好きかもしれない、と気付いてしまってから、俺は無理矢理藍子への気持ちを抑え込んでいた。
相変わらず送り迎えも、二人で街へ出掛けることも、あったけれど。
これ以上好きになっても、かなわないのだから。
これ以上好きになっても、苦しいだけだから。
そんな思いが、俺の中を駆けめぐっていた。
2週間後のクリスマスにライブを控えた俺たちClumsyは、毎日のように練習を重ねていた。
クリスマスソングも歌う予定だし、晴彦作曲、藍子作詞のオリジナルの曲もやる予定。
晴彦は作曲の才能があるみたいだ。
もうすでに5曲ほど、オリジナルの曲ができあがっている。
といっても晴彦が考えるのはメロディーで、具体的なアレンジやそれぞれのパートの音はみんなで話し合ったり、それぞれが作ったりする。
そんな風にできあがった曲の中で、今回のライブは2曲、やることになった。
もう音源は一ヶ月ほど前にできていて、あとは藍子の歌詞を乗せるのみ、と言うところまできたが、藍子はまだ練習のときはララ〜と、メロディーに歌詞をつけないで歌っていた。
『まだいい歌詞がまとまんなくて』そう言っていた。
もしかして、弘樹への気持ちを唄った歌なのだろうか。
だから、練習では歌うに歌えないのかもしれない。
相変わらず藍子は俺には眩しすぎるほどキラキラしていて、ライブをするたび、そのボーカルとしてのパフォーマンスの量やバリエーション、そしてもちろん、歌もどんどん上手になっていっていく。
他のメンバーも同様に、バンド結成時とは比べものにならないぐらい、うまくなって。
俺も・・・うまくなっているとは思うけど。
でも自分がうまいという自信はない。
だから練習は人の倍以上にやる。そう決めていた。
藍子「う〜ん・・・だって、フラれたら、バンド続けられなくなっちゃうし。」
そんな中での、いわゆる・・・この立ち聞き。
特に楽器などを持ってこなくていい藍子は、俺や弘樹と違い学校から直接、田沼家の地下室に来ることが多かった。
家へと楽器を取りに行ってから、この地下室に来る俺。
当たり前のように、藍子と晴彦は俺が来る前からここにいたわけで。
二人が、話をしてるのも当たり前で。
だから、二人が話しているときに俺がちょうど来るなんて、自然現象だ。
でも、いつもと違ってるのは。
この地下室の入り口のドアが、数センチほど開いていることと。
話の内容。
二言しか聞いていないが、おそらく、今の話の内容は、藍子の好きな人について、だ。
やばい・・・気になる。
立ち聞きとか、かなりタチ悪いし・・・。
しかし、俺の足は止まったままで、動かなかった。
晴彦「まぁ、そりゃそうだけど・・・。」
藍子「せっかくここまで来れて、みんな仲良くがんばってきて・・・この状態が、楽しいし。私の想いだけで、みんなの夢を壊すワケにはいかないよ。」
室内から、藍子の珍しいしんみりとした声が聞こえる。
ほら、やっぱり・・・藍子の好きな人は、このバンド内にいるみたいだ。
晴彦「でもさぁ、俺から見て、だけど、フラれはしないんじゃねぇ?仲良いじゃん、お前ら。」
藍子「確かに仲良いけど、きっと仲間としてだよ。」
晴彦「でも、普通好きでもない女を・・・・ってたりしないよ、・・・は。」
・・・?
肝心なところが聞こえない。
なんて言ったんだ?
藍子「・・・は、そ・・・の気にする人だし・・・しいし・・・のとき・・・だったから、きっと今更・・・でき・・・」
あー、全然聞こえない。
晴彦「なんで藍子は恋愛に関してはそんなに後ろ向きなんだよー。自信もてって、もう。」
藍子「・・・がもう少しこういうのに敏感だったらいいのに。」
晴彦「でも、そういう・・・が好きなんだろ?」
藍子「うん、大好き。」
あー、もう、なんで肝心な好きな人の名前が聞こえないんだ!
藍子、大好き、とか言っちゃってるし。
もう、ヤダ。
聞いてられない。
そう思って、衝動的にドアを開けた。
今来ました、みたいな感じで振る舞わないと。
浩介「うぃーっす。」
そう言いながら入ると、藍子はビクッと大げさにこちらに振り返る。
そんなに、俺に聞かれちゃまずい事かよ。
てか、俺、バンド内で藍子と一番仲良いと思ってた。
だって送り迎えしてくし、よく二人で出掛けようって誘ってくるし。
普通、弘樹のこと好きだったら俺に一番に報告するだろ。
もしかしたら、藍子は気付いてるのかもなぁ、俺が藍子のこと好きなこと。
もしそうだとしたら、こんな会話、俺に聞かれたらバンド内ごたごただもんな。
俺は藍子のことが好きで・・・藍子は弘樹のことが好きで。
どんな三角関係だよ。
藍子「あ、来てたんだ?」
浩介「うん、今さっきね。」
晴彦「・・・。」
大丈夫だよ、藍子。
俺は、君を悲しませることなんか、しないから。
俺が、この気持ちを、冷凍しちゃえば、いいだけの話だから。
藍子が、ねぇねぇ浩介、と無邪気な笑顔で話しかけてくる。
気持ちをしまおうにも、この笑顔につられて顔がほころぶ。
それを見ていた晴彦が、意味深げに溜息をついた。
* * *
藍子「ねー、浩介。」
浩介「ん?」
いつも通りの帰り道。
練習が終わって、藍子を家まで送り届ける、俺の任務。
もう、義務的なものと考えた方が、楽なのかもしれない。
きつく回す藍子の腕も、時折甘えてくるように背中に当てる額も。
全部、俺に対する、仲間意識。
仲間だからこそ、できる行為なのかもしれない。
藍子「もうすぐ、クリスマスだねー。」
浩介「あぁ、そうだな。」
藍子「雪、降ると思う?」
浩介「んー・・・降るんじゃない?毎年、そのころは降るよ。」
藍子「へー・・・。京都は、クリスマス盛大にやらへんからなー。」
ときどきやる、俺の背中に全てをまかせるような仕草。
べたーっと、背中に寄りかかってくる。
荷台から落っこちないように、俺の腹あたりの服を小さな手でぎゅっと握って。
前まで俺が背負っていたベースを、藍子が背負うようになってから、やるようになった。
今日みたいに、寒さが厳しいときは特に。
浩介「??なんでだろう?」
藍子「ほらさ、京都は、お寺やなんやっておーいさかい・・・イルミネーションとか、やる店は少ないん。クリスマスツリーとか、あんまり見いひんしね。」
浩介「あぁ、京都の風紀を乱さないように?」
藍子「そう。マクドも配色落ち着かせてるしね。」
浩介「へぇ・・・。」
藍子は、眠くなってくると京都弁が多くなる。
最近、気付いたことなんだけれど。
普段ではもう、すっかりなまりは抜けて、俺たちとあまり変わらぬイントネーションで話す。
でも、眠くなったり、言葉を意識する余裕が無くなってくると、京都弁にだんだんと近づいていく。
今も、イントネーションも関西なまり・・・というか完全関西の人。
藍子「見たいなー。クリスマスツリー。」
浩介「・・・見に行く?」
藍子「行きたい!行かへん?ライブ終わったら!」
浩介「行こうか。」
藍子「うん!やったー、浩介と過ごせるんやな・・・クリスマス。」
浩介「?ごめん、なんて言った?聞こえない。」
藍子「気にへんといて。しとり言やさかいに。」
しとり言・・・?
なんだそれ。
あー、いい加減やばいぞ、藍子。
いつになく眠いな、この子。
背中の重みが増していく・・・。
浩介「藍子?大丈夫?眠い?」
藍子「ちびっと。」
あーぁ・・・やべえやべぇ、こいつ完全京都弁だ。
浩介「藍子ー?しとり言ってなに?」
藍子「??しとり言はしとり言やない、どへんしたん?」
浩介「お前がどへんしたん、だよ・・・。」
まぁ、しとり言の意味は今度聞こう。
浩介「ほら、着いたよ、藍子。」
藍子「んー、おおきに。夜遅くまでおやかまっさんでした。」
そしてふらつきながら荷台から降りると、俺のベースをはい、とこれまたふらつき気味に渡す。
・・・ちゃんと自分の部屋まで行けんのかな。
浩介「大丈夫?」
藍子「何?」
浩介「・・・。」
ダメだ、これ。相当ダメだ。
俺は自転車を脇に置くと、藍子の手を握る。
浩介「ほら、行くよ。」
藍子「んー・・・。」
初めて握った藍子の手は、思ったよりも小さかった。
藍子の手を引いて新築の庭を通り玄関まで送り届けて。
藍子がこんなふらふらじゃ、もしかしたら今日のクリスマスの約束なんか覚えてないかも、そう静かに思った。
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