そばかす






3,





浩介「・・・どう思う?晴彦。」


二日後、放課後に練習を予定していたので、俺は学校にベースを持っていき、そのまま晴彦の家に直行することにした。
弘樹が自宅にギターを取りに行っている間に、晴彦にも事情を説明しようと思ったのだ。
いつもの地下室で、藍子、晴彦と俺が輪になって床に座っている。

一通り説明すると、晴彦はすぐ状況を理解したみたいだった。


晴彦「辛かっただろ、藍子。・・・ごめんな。すぐ気付かなくて。」
藍子「ううん、別に、私の気のせいかもしれないし・・・。」


最近の弘樹はクラスでも様子がおかしかった。
クラスのムードメーカーの晴彦とバンドを組んでから、俺も弘樹もみんなの輪に入って話す事が多くなったのだが、弘樹は近頃、休み時間になるとどこかふらりと出掛けてしまったり、教室の自分の席で一人ぼーっとしてることが多い。
そのせいか、晴彦も弘樹の異変にうっすらと気付いていたようだ。


浩介「はっきり訊くのがいいかと思って。それで、晴彦にもちゃんと言っておいた方がいいかなって。」
晴彦「そうだな、ちゃんと訊いた方がいい。これからずっと一緒にやっていくんだし。」


晴彦も気になることはちゃんと聞いた方がいいと賛成してくれたので、どう聞こうか話し合っていた。

しばらくして、ガチャン、と地下室の重いドアが開いた。


弘樹「ちぃーっす・・・。」


口調暗げに入ってきたのは、言うまでもなく弘樹。
俺たちは顔を見合わせる。
そして藍子がさっと立ち上がった。
さっきの話し合いで、当事者は藍子なのだから藍子が訊いた方がいい、ということになったので、早速藍子が弘樹のもとに向かっていった。


藍子「ねぇ、弘樹。」


藍子が弘樹に呼びかけると、弘樹は無言で首だけ回す。
いつもは、ふざけながら『なーに、藍子さ〜ん』とか言って笑顔のはずなのに。


藍子「あ、あのさ、最近元気ないよね?どうしたの?」


無音の地下室に、藍子の透き通った声だけ響く。


弘樹「別に・・・。練習、始めないん?」


弘樹は背負っていたギターを下ろし、ケースから取り出しながら言った。
もちろん、藍子の顔は見ずに。

晴彦が、俺の肩をぱしっと叩く。
晴彦は目で『俺たちなんかしてなきゃ』と俺に訴えると、晴彦はドラムの方へと歩いていった。
俺も壁に立てかけてあるベースの方へと行く。
しかし、相変わらず耳は、藍子と弘樹の会話に傾けながら。


藍子「えっと、最近、弘樹変じゃない?元気ないと思うし、それに・・・・。」
弘樹「・・・なんだよ?」


珍しくドスの利いた声で迫られ、ひるむ藍子。
がんばれ、藍子・・・。


藍子「・・・私、なんかしたっけ?弘樹に・・・?」


おそるおそる、震えた声を掛ける。
その言葉に反応して、弘樹は動きを一瞬止めた。


弘樹「別に、してねぇよ。」
藍子「じゃあ、なんで?弘樹、私が笑うと顔、引きつるよね・・・?」


藍子の声が、だんだん感情的になっていく。

俺ははっとして、晴彦と顔を見合わせた。
ヤバイ、このままじゃ・・・という考えが、共通して二人の中にあったのだろう。

弘樹は、ゆっくりと藍子に近づいていき、藍子は、その弘樹の行動に戸惑い、ただただ立ちつくしていた。
弘樹は藍子の目の前で止まると、そのまま藍子を見下ろす。


重く、汚いとも言える空気が流れ続けている。
実際、時間にしてみれば数秒だろう。
片手の指で、数えられるほどの。
しかし、俺にとっては・・・いや、きっとここにいた全員そうだろう、弘樹が藍子を見ていた、というか睨んでいた時間は、数分にも感じた。


そして弘樹は、低く、重い声でこう言った。


弘樹「・・・むかつく。」


その言葉に、全員が固まる。
主語がなかったが、その正体は簡単に推測できるだろう、常人なら。
でも、俺には、理解が難しくて。

藍子も、難しかったようだ。
口元をかすかに震わせ、今にも泣きそうな顔から、そのことが読みとれる。


藍子「・・・え?」
弘樹「・・・あんたの顔、見ててむかつくんだよ。」


・・・は?

俺は最初、何が起こったか理解できなかった。
こんな、冷たく、心のない言葉を聞いたのは、どのぐらいぶりだろう。


藍子の顔を見てて、むかつく・・・・?


意味わかんねぇよ、弘樹。
嘘だろ、弘樹。


弘樹は、そのまま冷酷な視線を藍子に送り続けている。
いつもなら、冗談だよ、って、笑うのに。
そんなこと、頭の中に浮かべることすら困難な、藍子を見据える視線。
俺は、その視線の的ではなかったのにも関わらず、その視線に恐怖に近い嫌悪を感じていた。

晴彦は、眉間にしわを寄せて、怒りを浮かべた顔を、弘樹に向けている。
藍子の大きな瞳からは、大粒の涙があふれ出していた。
限界がないかのように、次々とあふれ出してくる涙。
それをぬぐおうとしない手は、だらんと体の横に垂れていて、そのすぐ横を、涙は鋭く落下していく。
地下室の冷たい床に落ちて、シルエットは漫画でよく見る、血を垂らした形になった。


晴彦「弘樹!なんだよそれ!」


晴彦は珍しく、怒鳴った。目はつり上がっていて、でも悲しみを持っていた。
弘樹は藍子の顔から目線を晴彦に移すと、無表情のまま、言い放つ。


弘樹「そのまんまだよ。」


弘樹は踵を返しさっきケースから出したばかりのギターをまたケースに戻し、ギターを背負った。
その広い背中には、暗く重い、ずっしりとした影がへばりついている。
今にも、泣き出しそうな影。


弘樹は、そのまま黙って地下室の出入り口へ向かう。


晴彦「おいっ!!弘樹、待てよ!」


晴彦が弘樹をとどめ、それと同時に、藍子はその場にがくん、と崩れ落ちた。
俺ははっとして、藍子に慌てて駆け寄る。
藍子は、弘樹の姿を見つめながら、悲しみに溢れた表情で涙を流していた。
ショックが大きすぎて、考える力を失っているように見えた。
藍子、と呼びかけても、反応しない。
藍子の肩を抱き寄せる。大きく、震えていた。


浩介「弘樹・・・お前、始めからこういうことだったのかよ・・・?」


俺はやっとのことで、声を絞り出す。
だが、その自身の声は、今まで聞いたことがないくらい、低く、重みのある声だった。


弘樹「・・・新しいギター、探したら?」


相変わらず無表情のまま感情のない声で言うと、笑顔しかなかったこの地下室から、出ていった。
床に落ちた、涙のあとは消えるだろうか。







藍子「・・・ひろきぃ・・・・っ。」









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