そばかす




5,



      2年前。




「お兄ちゃーん。」
「ん?」
「これ、なんていうの?」
「えーっと、何だっけ。・・・あとで、図鑑で調べてみようか。」
「うん!」


うれしそうに、その名前のわからない野花から目を離し、立ち上がる真那。
俺は真那に向かって手を差し出す。
すると、真那は素直に俺の手を取る。
真那には俺の手は大きすぎるみたいで、いつも、真那は俺の小指と薬指だけ掴む。
その、小さな手で。

真那の手を引いて、夕暮れの裏道を歩いていく。


「お兄ちゃん。」
「んー?」
「今日の夜ご飯、なぁに?」
「あー、オムライスにするか。」
「オムライス?真那お兄ちゃんのオムライス大好きだよー。今日は、卵ふわふわにできるといいね。」
「お兄ちゃんがんばるよ。」





真那は、かわいい。



* * *



      4年前。



「ふざけんなよ!真那を何だと思ってんだよ!」
「うるさいわねぇ・・・。だったら、あんたが育てれば?」
「・・・あぁ、わかったよ。真那は、俺が育てる。」


俺は、13歳だった。
俺が11歳のとき生まれた真那。
いい加減な親の間に生まれて。いい加減に育てられて。
ふざけんなよ、マジで・・・。
無責任に作って、無責任に産んで、無責任に教育するのかよ。
俺みたいに。


俺はリビングから出て、俺たちの寝室へと行く。
俺の布団の上には、すやすやと規則正しい寝息をたてて眠る、真那の小さな体。

そっと頭を撫でる。


「お兄ちゃんが、守ってやるからな。」



* * *



      2年前。



「おにいちゃん・・・。」


夜、寝室で俺と真那が寝ていると、真那は俺の肩を揺すり起こした。
どうしたんだ?こんな、真夜中に。


「どうした?真那。」
「はなぢ。」
「えっ?」


明かりをつけてみると、布団には血がぽたぽたと垂れていた。
真那は自分の鼻に手を当てて、血がしたたり落ちるのを防いでいた。・・・ふさぎ切れて、いなかったけど。


「あー、鼻、痛い?」
「んーん。頭が痛い。」


布団から抜け出してティッシュを持ってくる。
数枚乱暴に取り出して、真那の手を外させて、今だに血が流れ出ている鼻へと押し当てた。


「頭?どんな感じ?あ、真那、ここ自分で押さえて。」
「・・・わかんない。痛い。どこ?」
「ぞうさんが真那の頭の中でばたばたしてる感じ?おばけがふらふらしてる感じ?ここだよ、ほら。」
「そう!おばけがいる。ここ?」
「おばけかー・・・。貧血かな・・・。うん、そこだよ。」


その日からだった。
真那は、よく鼻血を出すようになった。
始めは、一週間に一回。
だんだん、頻度は上がっていって。
二日に一回になって。
一日一回になって。

そして、もう一つの異変。
真那の保育園の先生が言っていたのだが、保育園で、突然糸が切れたように寝てしまうことがあるらしい。
睡眠はちゃんととらせてください、と、迎えに行ったときに言われてしまった。
おかしいな・・・ちゃんと、毎晩しっかり寝させているのに。

真那の異変に気が付きながらも、俺はすぐ治るかなと、ほっといてしまっていた。


それが、いけなかったのだ。





ある日、休日に俺は真那を連れて近くの公園に来ていた。
真那は、近所の友達と、砂場で楽しそうに遊んでいる。
俺は公園の脇のベンチに座って、参考書を広げる。
受験生だった俺は、真那を育てる合間をぬって勉強していた。
時折、真那姿を探して顔を上げる。
その、上げた瞬間に。


それまで楽しそうに遊んでいた真那が、ふらりと、その場に倒れた。





「!!真那!!」



* * *



「・・・小児・・・白血病?」
「はい。小児がんの一つです。妹さんの場合、急性リンパ性白血病だと思われます。原因は、まだよくわかっていないのですが、妊娠中のX線被曝などが考えられています。よく、鼻血を出したりしませんでしたか?」
「はい・・・最近は、よく。」
「そうですか。少し、気付くのが遅かったかもしれません。」
「あ、あの。・・・治ります・・・よね?」
「できる限りのことはします。しかし・・・延命治療の範囲です。妹さんは、長くは生きられません。」
「どのくらい・・・ですか。」
「二桁を迎えられたら、奇跡です。」


目の前が、真っ暗になった。
一人で浮かれていた。いつか真那が彼氏をつれてきたらどうしよう、とか、小学校に上がったらピンク色のランドセルを買ってやろう、とか、七五三では、俺のバイト代でとびっきり綺麗な着物を着せてやろうとか。

先のことばかり、考えていた。


あんなに、かわいくて。あんなに、いい子な、真那が。

病気。

しかも、もう、治らない、病気。



* * *



「・・・お願いします。治療費を、出してください。」


額を床に押しつけて、母さんの前で説破詰まった声を出していた。


「・・・治るの?」


タバコの煙を吐き出して、うんざりしたように言う。
くそ・・・なんで、俺がこんな奴に頭を下げなきゃいけないんだ。
でも、真那のためだ。
今は、お金が必要だ。
たくさんの、お金が必要だ。


「・・・もう、遅いって。だから、延命治療に、なる。」
「残り、どのくらい?」
「10歳を迎えるのが、奇跡だって。」


また、ふー、とタバコの煙を吐き出す。
濃い化粧。
派手な服装。
派手な仕事。
こんな仕事してれば、ある程度お金は、あるだろう。
いくら、父親が、いなくたって。


「ちょっとでも・・・楽しいことを、教えたいんだ。まだ、あいつ、楽しいことなんか、ほんのちょっとしか知らないんだ。」
「・・・。」
「あと、少ししか生きられないけど・・・この世に生まれてきて、よかったって思って・・・天国に行ってほしいんだ。・・・・・お願い、します。」


涙が溢れてくる。
ごめんな、真那。
俺が、もっと早く病院に連れて行ってやってれば。
もっと、たくさん、生きられたのかもしれないのに。
ごめんな、真那・・・ごめん。


「どのくらい必要なの?」
「わからないけど・・・たぶん、たくさん。」
「・・・わかったわよ。」


俺は、驚いて顔を上げる。
よかった・・・・これで、真那に、ちゃんと教えてやれる。
この世に、生まれてきた意味を。



* * *



「おにいちゃーん。」
「ん?」
「いつになったら真那、お家帰れる?」
「んー・・・もうちょっとかな。真那が、我慢してお薬飲めば、帰れるよ。」
「じゃ、真那お薬我慢して飲む。」
「うん、お兄ちゃんもがんばるから、真那もがんばって。」


毎日と通っている、病室で。
真那の頭を撫でる。
真那の頭には、ニット帽。
抗ガン剤の副作用で、髪が、抜け落ちていく。
看護婦さんの勧めで、全て刈って、真那の頭は丸坊主になってしまった。
長くて細くて、さらさらだった真那の髪。
・・・治れば、ちゃんと、生えてくるかなぁ・・・。
そんなことをばんやりと考えると、涙が、あふれ出てきそうになる。
でも、俺が泣くと真那も泣いてしまうから、泣くわけにはいかない。


「真那ねぇ、お兄ちゃんが作ったオムライス食べたい。」
「そっか・・・。」
「卵、ふわふわ?」
「うん、もうできるようになったから・・・。」
「あとねぇ!お兄ちゃんがやってくれるアレも好き。えっとー・・・。」
「ギター?」
「うん!そう!真那ねぇ、お兄ちゃんがビターやってるところ好きなの。」
「ビターじゃなくてギターだよ、真那。」
「ブター?」
「ギター。」


  次の日からだった。
俺は毎日通っている真那の病室に、ギターを持っていくようになった。
音を弱音にしながらも、真那の前で弾いた。
真那はいつも喜んでくれた。


真那のために、ギター、上手くなろうと思った。



* * *



「外山さん・・・。」


病室から出て、家に帰ろうと思ったときに。
病院の廊下で、いつもお世話になっている看護婦さんに呼び止められた。






「治療費が・・・振り込まれてない?」
「はい・・・あの、こんなこと、お兄さんに言うのもどうかと思うんですけど・・・。もう、しばらく振り込まれて無くて。最近は病院側で、医療費はなんとかしてたんですけど、もう、限界が・・・このままでは、真那ちゃんの治療を続けられなくなります。」
「・・・母に・・・聞いておきます。すみませんでした。ご迷惑をおかけして。」


まさか、と思った。
あのとき、ちゃんと頼んだ。
わかった、って言ってくれた。
なのに。
どういうことだよ・・・?母さん・・・?


家に帰っても、母さんは帰ってこなかった。
連絡もつかない。

1週間、待った。
2週間、待った。
3週間、待っても。

母さんから病院に治療費が振り込まれることはなく、また、母さんから連絡も来なかった。
家に、帰ってきてもくれない。

真那への治療は、中止せざるを得なくなった。

俺はすぐバイトを始めた。
真那の、治療費のために。
朝・夕方は新聞配達をして。
年ごまかして居酒屋でバイトして。
真那のために、一生懸命働いた。
でも、すぐ、お金なんて入ってくるはずもなくて。



治療を中止してから、一ヶ月後。

真那は、天国へ行ってしまった。

俺が、15歳の3月に入ったときだった。




母親が、許せなかった。
そして何よりも、何もできなかった俺自身が、許せなかった。









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