amour methode 15
2,
「は?転校生?」
クラス替えが終わって、一ヶ月が、経ったころだった。
得に問題もなく、始めは気にしていた、私とリョウが同じクラスになったことへのクラスや学年の反応も、気にならなくなってきた頃だ。
気になるも何も、リョウは相当運がいいらしい。クラスのみんなは優しくて大人な考えの人がほとんどで、私とリョウがつき合っていることをまるで気にしていない。
むしろ、つき合っている?それが何?そんなに特別?という感じなのだ。
だから私とリョウがクラスで話していても普通にみんな加わってくるし、話している途中にどちらか一方を呼び出したりもする。
普通この年だったら、あらやだ邪魔しちゃダメよ的な非常に子供っぽい対応をしてくるのだが。
私のクラス、3年4組のクラスメートの中に、そんな考えを持つ人がいるのだろうか。
もしかしたら私が子供なのかもしれない、そんな心配する必要なかったのだ。
天才とはどこまでも天才なものである。
クラスの子たちとも仲良くなり、安定した生活が待っているんだろうなと、ほっと一安心していたころに。
「そうそう。なんか来るらしいぜ、俺らのクラスに」
リョウは彼の大好物らしい、でもあたしのいちご牛乳をストローですすり雑誌を読みながら、得に表情も無く言った。
「転校生って、女の子?男の子?」
「知らんけど、たぶん予想的に女」
「予想的って……」
転校生か、と、私は宿題の書き取りをやる手を止め、今リョウから聞いた転校生について考える。
転校生と言えば、小学生5年生のときに私のクラスに一人、男の子が来たっきりあまり近くになかったものだ。
そしてあれほど理不尽で都合の悪い立場はないだろうな、と毎度毎度思う。
学年中からの注目を浴び、見かけや性格についてあーだこーだと必要以上に騒がれるのだ。
きっとすごく神経を削る位置だと思う。転校生には絶対なりたくない。
転校生に対するいじめとか起きないようにしなきゃなぁ、とそのあと本気で思った。
まぁ私のクラスでは、そんな転校生をいじめようだなんてオーソドックスな考えをする人なんていない思うが。みんな大人っぽいし、客観的な人多いし。
「どんな子が来るんだろうね?てゆうか私のいちご牛乳飲まないでよ」
「あー、あれじゃね、ここは典型的に超美少女を予想しとこう。いーじゃんか一口ぐらい」
「でも転校生って外見良かった試しがないんだけど。明らかに一口じゃない」
「あー、そう言えばそうだな。よし、ここは期待を裏切らないように山田花子的な人を想像しておこう。だってうまいんだもん」
「うん、そうしておこう。だからさっきリョウも買っとけばよかったんだよー、かっこつけてレモンティーなんて買うから」
「レモンティーも飲みたかったんだよ」
そんなことを話しながら、学校が休みの今日はリョウの部屋でまったりデートしている。
私はこの時間が好きだった。
名称はデートかもしれないけど、ただ二人で一緒に過ごして、それぞれ自分のしたいことをしているだけ。
でもそれが好きだった。リョウは空気みたいで、沈黙とか全然気にならないし、むしろあった方が落ち着く。
ふとしたときに、気が付いたように話しかけて、話しかけられる。
楽ちんで、落ち着いたこの空間が好き。
リョウもそう思ってくれてるのか、私たちは滅多に外へデートをしにいくことは無かった。
たまたま二人とも買い物したい用があったり、見たいと思った映画だとか、行きたい場所が重なったりしたときだけ外に行く。
それでも用を済ませればさっさとどっちかの家に帰ってきて、結局大半は部屋で過ごすまったりデートなのだ。
おかげで二人とも、すっかり出不精になってしまった。
ナナとカズなんか、二人とも出掛けるのが大好きで、よく買い物に行ったり話題のスポットに出掛けたりすることが多いみたいで、その二人には『出不精カップル』なんてあだ名を付けられていたりする。
「アイ、お腹空いた」
「……コンビニでなんか買ってくれば?」
「めんどい」
また始まった。なんか作れってことだ。
リョウは細身のくせによく飲み食いする奴で、たびたび、家事をし慣れている私に何か作れとせがむ。
始めは遠回しに言ってくるが、私がわからないふりをしていると実にダイレクトに言ってくるのだ。
「知るか」
「作って」
「……ヤダって言ったら?」
「襲う」
「……」
そう言って襲った試しがないくせに、と心の中で思いながらも、やっぱりリョウに弱い私は、しぶしぶその場から立ち上がる。
横で、リョウがやったー、と言ってうれしそうにニコニコしている。
母性本能くすぐるんだよ、この仕草。この野郎。
何作ろうかな、ていうかリョウのお母さんマメみたいだから、何かといつも冷蔵庫に食材入ってるから大丈夫か。
「勝手にキッチン使うよ。何食べたい?」
「親子丼」
「あー、他人丼になるかもしれない」
「は?どうゆうこと?」
「卵はあると思うけど、鶏肉無かったらあり合わせで作るから他人丼」
「なるほど」
そしてまたリョウは笑う。
もう、と思いながらも、リョウのために何か作るなんて、どうってことないんだから。
気付いてんのかな、そこんとこ。
もしかしたら気付いてるから私をこうやってうまく手のひらで転がしてんのかもしれない。
それを思うとちょっとむかついたけど、リョウの手のひらで転がされてるんだったら、まぁいいか、とも思う。
「リョウ、山田花子と浮気すんなよ」
「伊藤美咲でもしねぇよ」
だからそういうところ、大好きなんだってば。
その、一週間後に、その山田花子は、私のクラスへとやってきた。
「東京から来ました、上島アリサです。よろしくお願いします。」
ごめん、訂正する。山田花子。
君は伊藤美咲だ。美しすぎる。
でも、その美しすぎる転校生、山田花子もとい伊藤美咲は。
「リョウ!」
「ア……アリサ!?」
私の愛してやまない人、リョウを呼び捨てにして。
抱きついたのである。
「……!」
言葉も出なかった。
「はぁ〜?何それ、あり得なくない?」
「あり得ない」
今度はナナの部屋に居た。
いろんなところに行って忙しいな、と思いながらも、ナナの部屋にあってナナのものであるが私専用と勝手に思いこんでいる横長のクッションを抱きしめた。
顔を埋めて、今日の光景を思い出す。
リョウが誰かに抱きつかれてるの、初めて見た。
そりゃぁさ、いつも抱きついてるのは私の方だから、見れるわけもなく。
いやだった、とにかくショックだった。
だめだ、今日は真っ直ぐ自分の家に帰ったらもう生きた心地がしなくなる。
大事件だ、今日の伊藤美咲は。
「それで?どういう関係リョウ君に聞いたの?」
ナナのこの言葉に、私は黙って首を横に振る。
どういう関係か聞いたところで、今日の事件が消えて無くなるわけじゃない。
今日の出来事を持って初めて、私は私が相当嫉妬深いことに気付いた。
別にいいじゃんか、彼氏が他の女に抱きつかれることぐらい。彼氏が抱きついたのだったらまだしも、私とリョウの関係を全く知らない転校生が抱きついたのだ、勝手に。
でも、いやだった。
「聞けばいいじゃない、いとことかさぁ、親戚とかさぁ、そういうのあるんじゃない?」
「リョウと仲の良いいとことか親戚は男しか居ない。確か前の正月に聞いた」
「え」
ますます不安が高まっていく。
どうしよう、昔の、私の知らないリョウを、きっとあの子は知ってる。
予想的に、幼なじみとか……きっとそんなたぐいの関係だ。
リョウも彼女の名前を呼び捨てにして、彼女もリョウのことを呼び捨てにしていた。
おのれ、リョウのことを呼び捨てにしていた女は、彼の母親以外に私だけだったのに。
「どうしよう……伊藤美咲にリョウを取られる。山田花子だったら勝てるかもしれないけど伊藤美咲は無理だ……」
「アイ、私に解るように独り言言って」
何よりも驚くべきことは転校生の上島アリサがとんでもなく美人だったことだ。
目鼻立ちがきれいで本当に伊藤美咲に似ていたことにびっくりした。
さすがに伊藤美咲には勝てないような気がしてくる。
しかもあの大胆さ。クラス全員の前で、異性に抱きつくか、普通?
もしあの子がリョウのことを好きになったら、どんなことをしてでも、なりふり構わずリョウを自分のものにする、っていう感じがするんだ。
それとも計算高く着々と手に入れるか。
どちらにしてもリョウを奪われそうで怖い。
「ねぇアイ、何心配してんのよ。リョウ君ってどんだけあんたに惚れてるのかわかってないの?」
「でもすっごい美人だった」
「伊藤美咲か何か知らないけど、好きな子の方がかわいいに決まってんでしょ、それにあのリョウ君がアイ以外の女に傾くわけがない。人見知りだしね」
「そうだけど……」
もともとリョウはモテる方だったし、リョウのことを好きな女の子なんて、前から結構存在したのだ。
でも全くリョウは浮気の虫を見せないし、だいたいリョウは人見知りが激しくて女の子とあまり話さない。
人に心を開くのにも時間がかかるタイプで、そんじょそこらの女の子が少しがんばったところで、リョウと仲良くなることは不可能に近いことだったのだ。
私はたまたま相性が良かったのか、リョウと仲良くなれたのだけど。
昔のリョウと言ったら、女の子とは話さなくて、男の子にもあまり心を開かないし、笑顔を見せないクールで無口でとげとげしいオーラを放つ、正直言ってかっこいいということ以外に関しては感じの悪いサッカー少年であった。
最近は性格も丸くなってきて、まだぎこちないが、女の子でも話しかけられたら、笑顔は見せないものの少しは話すようになった。
心なしか性格も明るくなってきたような気がする。
でも完全に、人に心を開くことはなかった。彼の家族以外で、彼が心を開いている人物と言えば、私、カズとナナ、そして幼なじみのタクという人。
リョウの真の人柄が、明るくておもしろくて優しいということを知っているのは、心を開いている人たちのみである。リョウが心の底からの笑顔を見せるのも、その人達だけ。
だからリョウがモテていることは気にしていなかった。
だけど今回は話が違う。
今日早速二人は教室でなにやら話していた。昔の思い出話にでも花を咲かせていたのだろうか。
つまり、アリサはリョウを口説くことで一番の難関、『リョウに心を開いてもらう』ということを既にクリアしているのだ。
だから私は焦っている。そんじょそこらの普通の女の子とはワケが違うのだ。
「もー、とにかく大丈夫だってば。それにアリサって子がリョウ君のこと好きって決まったわけじゃないでしょ?それにリョウ君のアイへの愛は尋常ではないから」
「シャレっぽいけど笑えない……」
「とにかく大丈夫!アイが不安そうに後ろ下がってるとリョウ君離れてっちゃうよ。今まで通りにひたすらリョウ君に愛を注げ」
ナナはこういうときに頼りになる。
ナナはリョウと並んで私の不安吸い取り機だ。瞬く間に言葉で不安を取り除いてくれる。
そうだ、確かにリョウは私を愛しているはず。ベタ惚れなはず。
私が不安がってたら、アリサがそこをついてリョウに攻め込むかも知れない、だめだ強気でいないと。
大丈夫大丈夫、リョウが他の誰かに傾くわけがない。
「ところで伊藤美咲って何の話?」
「山田花子じゃなかったの」
「は?」
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