amour methode 15





4,



「あ、おはよ」


目が覚めると、目が覚めたはずなのに、まだ夢の中にいるんじゃないか、と思った。
ここはどこだ?―――――目の前の人物を見てから、そう静かに思って、目の前の人物から目を逸らし、周りを黒目だけ動かして確認する。
エメラルドグリーン色した、私が乗っているベットに、すぐ横のカーテン。
いつも見慣れた風景。
少し前に自分で焚いたのだろうか、お香の中でも大好きなレインフォレストの香りが、鼻の奥で香る。
私の、部屋だ。
自分の格好を見ると部屋着。ユニクロで買った、春用の薄手に作られたスウェット生地のルームウェア。
ゆったりしているけど女らしいシルエットに作られているのが良くて、最近柄違いや色違いで買おうか、とも思い始めている。
自分のこの状況、から言うと、学校から帰ってきて、部屋着に着替えて、ちょっとくつろごうかとお気に入りのお香を焚き……ゴロンとベットに横になり、そのままついうとうと寝てしまっていたらしい。
でも明らかにおかしいところがある。なんで、この人が……リョウが、今この時間この状況で私の部屋に居て、私の部屋でくつろいでて、この間彼が私の部屋に来たとき忘れていった彼の雑誌を読んでいるんだろう。


「な……なんで、いんの」


目をこすりながら、彼の姿を確認する。
私服だ。あ、でも彼の全然キメてない部類に入る服装。だぼめのトレーナーに、迷彩柄のこれまただぼめのズボン。それはあくまでも彼いわく、であって、端から見れば、長身で細身の彼には何を着ても普通に似合っててかっこいいのだが。それにセンスがいいから、トレーナーのデザインだけ見てもかっこいい。
私服ということは、彼も一回自宅に帰って、それでここに来たのだろう。


「ん、なんとなく。来てみたらぐーすか寝てたから、ほっといた」


なんとなくいるのかよ。てゆーかほっとくなよ、起こせよ。
様子からして、今日もまた私の家族は私以外に留守らしい。まだ夕方の6時半。
父さんは仕事、母さんも仕事、兄さんはたぶん学校か遊んでいるか。
たぶん彼らが帰ってくるのは夜遅くだろう、今日も。
それで勝手に上がりこんでくるリョウもすごいな、確かに以前、勝手にあがってもいいよと言ったことはあるけど。
私の部屋は二階にあって、それで私が自室にいるということを悟ってあがってくるなんて、相当だ。


「起こしてくれれば良かったのに」
「あんまり気持ちよさそうに寝てたから、起こすのは良心が痛んだんだよ。よだれ垂らして寝てたぞ」
「はっ!?まじ?」
「嘘だよ」


ケラケラと笑うリョウを見てから、そっと枕とその周辺を確認する……もちろん、よだれ垂らしてなかったかどうか、ね。
あぁよかった、別にそんな痕跡は見あたらない。
世界のどこに、よだれを垂らしてぐーすか寝ているお世辞にも美しいと言えない姿を、彼氏に見られてもいいという人がいるのだ。ていうか彼氏じゃなくとも私は他人にそんな姿絶対見せたくない、そんな姿になりたくもない。


「私、どのぐらい寝てた?」
「ん……俺が来てからは10分ぐらい。まだアレ、火ぃついてるから、実際30分かそこらだと思うよ。」


そう言ってリョウは目線を火の消えかかったお香に短く移す。
なんだ、30分かそこらで起きたのか。だったら全然寝ていないことになる。
ついうとうと寝てしまって、気付いたら朝、なんてケースがほとんどだから。


「なんで30分で起きれたんだろ」
「あ、それは俺がさっきチューしたから」


その言葉を聞いて、私は思わずリョウを凝視する。えーっ、という渋い表情を、無言で彼に向けた。


「なんだよ、そんな顔すんなよ。王子のキスは姫を目覚めさせるんだって証明できたじゃんか」
「勝手にすんなよ」
「寝てる人間に許可とらせる権利はねぇ」
「だからってするなよ」
「いいじゃんか別に減るもんじゃねぇだろ」


そこまで言い合って、ははっと二人で笑い出す。
私はベットから降りて伸びをすると、リョウが座っている正方形をしたローテーブルの一辺に、座る。
斜め左にいるリョウは雑誌に目を通していて、その誌面にはリョウがいつも着ているような、古着を取り入れた服装をしているおしゃれな男の子たちがたくさん写っている。
誌面の雰囲気からして、街でのおしゃれボーイスナップ集らしい。
すげーなぁ、都会にはこんな男の子ごろごろいんのか。


「リョウ、いつかこれ載ってよ」
「載る載る」
「リョウ学校の体操服でも載れるんじゃない?スタイルいいから」
「学校の体操服じゃ載りたくねぇよバカ」


リョウは笑いながらぺらっとページをめくる。


「この雑誌、男もんだけどさっきのコーナーの女バージョンもあるんだぜ。」
「へぇ……街のおしゃれな女の子を載せるってこと?」
「そうそう。アイもこれに載って。ここに載るのは彼女にしてぇー、って誰もが思うような女が載るから」
「やだー私モテちゃう」
「言ってろ」


リョウが何ページかめくっていくと、さっきの男の子のコーナーよりは小さいスペースだが、確かに背景がビルだったり街中の、おしゃれな女の子たちが写っている。
うわー、みんなかわいい。こういうのって割と、俗にいうちょっぴし裏原系を取り入れてる子たちが載るもんだ。
私も最近は、リョウの影響を受けて少しだけ古着を着るようになった。
実際着てみると結構かわいいんだよね、ジーンズとか使い古してあるから履きやすいし。
そういう面でもリョウからいろいろと影響受けていることになる、私って。


「あ」
「なに?」
「そーいえば、アリサ、東京にいるときにこういう感じのに載ったことあるらしい」


……。


「……ふーん」


あぁ、ごめんね、私はアリサみたくスタイル良くないしあんなに足細くないしあんなに尻ちっちゃくないし華奢じゃないし顔もかわいくないし小顔じゃないしあんな目ぇでかくないし伊藤美咲じゃないしマキアージュのCM出れないし性格も男っぽいし口悪いしやきもち焼きだしそうそう雑誌に載れるような女の子ではないですよ。
後ろ向きですが、ネガティブですが、ほんの一瞬でここまで自分を罵る項目が思い浮かんだことに素晴らしさを感じる。
リョウは思っても見なかった私の反応に意表を突かれたのか、それまで視線を外さなかった自分の膝の上の雑誌から、顔ごと私の方に向ける。
それに伴って、私はリョウの顔から視線を外す。
だってさ、目を見られたら全部バレちゃうから、私が思ってたこと。


「おい、なに怒ってんの」
「怒ってなーいよー。あーお腹減った、なんか食お」


机に手をついておばさんくさく立ち上がって、そうするとアリサは彼女にしてぇー、って誰もが思うような女の子、ってことになるんだ、と暗く思う。
誰もが思う=リョウも思う、ってことになるのか。
浮気されるのも時間の問題だぞ、この調子じゃ。
でもアリサにその気がないのなら大丈夫なのか、何かと策略家のリョウがアリサが自分に気がないのにアリサに告白することはないだろう。
じゃぁアリサがリョウに興味を持たないようにしなければ。リョウの悪いところをアリサに吹き込むってのはどうだろう。なかなか小悪魔的でいい作戦じゃぁないだろうか。

なんてことも、素早く考えることのできる私の脳は、どんな造りをしているのだろう。
最近やたらとネガティブだ。何事もポジティブに考えられるところが自分の長所だと思ってたのに、これはどういう現象だろう。


「アイー」
「なに」
「俺、キノコのスパゲッティー食いたいな」


――――とにかく、この笑顔だけは、譲れない。










その日は、やってきた。
梅雨も近づく5月の下旬――――――夕立が激しくて、薄暗く気味の悪い夕方だった。


「……リョウの、ファーストキス、私だから。あんたじゃ、ないから」


雨に打たれる窓、外の景色は滴る雫。
誰もいるはずのない、びしゃびしゃのグラウンド。
それでも、私の目の前に立つ、アリサはきれいだった。
目を、反らせないぐらいに。


「……は?」
「私だから。あんたじゃないの」


つかつかと、アリサが私の方へと歩み寄ってくる。
腕を組んで、すごい目つきをした、アリサが。

私はその威圧感に、思わず後ずさりしてしまう。
しかしその後ずさりは一歩で終わった。アリサの目つきが、ますます度を増し、私の逃げる力さえも奪う。
信じられなかった、目の前の光景が。あまりにもギャップがありすぎる。
あの、優しくて人気者で美人の、みんなの「アリサちゃん」が、ここにはいない。
違う、明らかに人が違う。雰囲気も、目つきも、仕草や態度も、全てが違う。


「へ……へぇ、そうなんだ?」


ちょっとどもってしまったが、なんとかこの場を切り抜けようとした。
いきなりのことで、自分がどんな状況に置かれているのかよくわからない。
落ち着け私、ここは大人っぽくスルーだ。そのあと解決策やら納得方法やらを考えよう。
この雰囲気、どうも悪い展開につながっていくように思える。
この先どんな段階を踏んでその展開につながっていくかどうかはわからないが、今この段階で終わりにできれば、まだ修正は効くだろう。あちらにその気がなくても、私が我慢するなり解決策を見つけだせれば……時間があればの話だが、なんとかなる。
決めたんだ。今年は平和に、平穏に暮らすって。リョウと同じクラスってことを満喫して、落ち着いて高校受験をして、充実した一年間を送る。
そのために、なんとしてもこの場を、早い段階で切り抜けたい。

次に出てくる言葉を待ってた。
相手の出方を待って、それで対応した方が良い。先走って、相手のカンに触るようなことは……


ばしぃっ


………は?


「意味わかんない。あんたのリョウへの気持ちって、そんなもんなワケ?普通怒るでしょ、なんでそんなへらへらしてられんのよ」


左頬がじんじんする。今まで、味わったことがない、こんなの。
何、されたの?


「……なんでなんも言わないわけ?図星だから?」


アリサは何を言っているんだろう。というか、目の前にいる人は、本当にアリサなのだろうか。
いつものアリサなら、絶対こんな姿にはならない。
いつもの、みんなの『アリサちゃん』なら。


「なんとか言いなさいよ。もう一回、叩かれたい?」


アリサは私に何を求めてるんだ。どういう意味か、わからない。


「い……意味、わかんないんだけど」


やっとのことでその言葉を絞り出すと、アリサはますます、その怒りに満ちた顔を、怒りと憎しみがこもった顔へと変化させた。


「は?」
「だ、だから……アリサは、何言いたい……のかな?って」


できるだけ相手に不快感を与えないよう、ゆっくり、ゆっくりと、言葉を選んで。
それでもアリサは、私の言い方が気に入らなかったらしい。
表情を変えずに、言い放った。



「リョウを、あんたから奪う」






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