amour methode 15
7,
「アイッ!!」
朝、学校の正門をくぐると、聞き慣れた、でもなんだか違和感の感じる声が耳に入る。
顔を上げると、そこには息を切らし、切羽詰まった様子でこちらに走ってくるナナ。
普段は落ち着いていてクールなナナが、こんな表情で、こんな声色で、こんな態度で、登校したての私に走り寄ってくるなんて、相当なんかあったな。
「あ、おはよ」
「おはよ、じゃない!早く、こっち!」
「は??」
ナナに言われるがまま、ナナに手を取られるがままに急かされ、とりあえず走っていく。
結局行き着いた場所は、急がなくても急いでも同じ、下駄箱。昇降口。
だたいつもと様子が違っていたのは……誰の目も嫌でも通す、見慣れた昇降口の掲示板。その前に、たくさんの人だかりが出来ていたこと。
つまり掲示板に、人だかりができるほどのびっくりどっきりわーなんだコレ的な、サプライズな出来事が示されているということになる。
「は?何」
「見て!」
またまたナナに手を引かれ、その人だかりに無理矢理入ってその注目の的を見に行く。
と。
そこには、キレイな写真……夕日に照らされて背景はオレンジ色、電柱だとか住宅街の壁が、黒くシルエットになってて、よくありがちな。
しかし注目すべきはその真ん中にあるシルエットである。手を繋いだ、仲良さそうにあるいている様子のカップル。身長差がとてもいい感じで、男の子の方はきっと180p近くはあるんじゃないか、というかーなーり青春な、とっても胸キュンな写真なのである。
この写真の何が問題なんだ?あ、ナナってば、この写真にあまりにも感動したから、早く私に見せたかったというのか?
その旨をナナに伝える。
「え、何コレ。すっげーいい感じの写真じゃん。むしろ欲しい」
「違う!説明を読め!説明を!」
「は?」
とかなんとかいうナナの必死なツッコミに従って、その下に書かれたワープロ書きの説明を読む。
『某カップル下校中 3年4組R君&Aさん』
……?
某カップル。3年4組……R君&Aさん。下校中……。
「あ」
「やっと気付いたか」
「うちらじゃん」
とか思ったのはつかの間、私はナナを置いてそこから走り出す。
理由はもちろん、あの人のところに行くため。
ナナが私の名を呼ぶ声がしたが、ナナならすぐにわかるはずだ、私が走り出した理由なんて。
きっと今リョウは朝練が終わった頃……グラウンドの水道にいるはずだ。
さっき脱いで自分の下駄箱に入れたばかりの靴をまた取り出し、大雑把に足だけ使って靴を履きながら、水道の方向へと走り出す。
しばらく走ったあとに、サッカー部の友達みんなでぞろぞろと校舎へと帰ってきている様子のリョウ。
リョウはカズと一緒に笑顔で話しながら、体操服のまま、きっと脱いだ制服をぐちゃぐちゃに詰め込んであるのだろう、ぱんぱんになった中学の指定リュックを片方の肩にかけて、
こちらの方へ歩いてくる。
予想通りだ、やっぱり今日も寝坊気味、時間がなくて教室に荷物を置きに行かず、そのままグラウンドへ走っていったな、アイツめ。
そんなことを脳裏で考えながらも、この自慢の足を走らせる。
息を吸い込んで、思いっきり声を出す。
「リョウ!」
私がそう叫ぶと、リョウはすぐに顔をこちらに向け、おまけにあれ?という顔をしてみせる。
それもそうだろう、私が部活から帰ってくるところに、しかもこんな朝っぱらから駆け寄ってくるなんて、そうそうないことなのだから。
「あれ、おはよ」
リョウはどんな状況でもとりあえず挨拶をする男である。
「おはよ!」
そんなリョウに倣ってか、私もとりあえず挨拶をする。
おっと、今は挨拶なんてしてる場合じゃない、とか後から思いつつも、とりあえず挨拶をしなければいけない感じがする。
「何なに、あまりの愛しさに朝っぱらから俺のところに……」
「違う!こっち!」
訳のわからないことを発しているリョウを無視し、リュックの持ち手を持っていない方の手……左腕の手首をひっつかんで、パタパタと駆けて引っ張っていく。
小走りながらもちょっと頑張って走っている程度の速度で、今回は立場が反対だな、と考えたりしていた。
大胆なことはいつもはリョウが担当なのだ。約一年前、かくかくしかじかの理由によりたくさん二人で逃げ出さなくては行けないときがあって……いつだって、リョウは私の手を引っ張ってくれた。
このでっかい手に引っ張られるなら、どこまででも引っ張られていける、と思ったりもしたっけ……。
そんな思い出にふけりながら走ってきたので、リョウの『ねぇ何!?ねぇ!』なんていう叫びはもちろん無視している。
靴を下駄箱でバタバタと脱ぎ、上履きを履かないまま裸足で、いまだに掲示板の前で作られている人だかりの方に向かっていく。
かき分けて正々堂々と人山の前へ。
リョウもやっと何事が気付いたようで、さっ、とその注目の的に視線を注ぐ。
3秒ぐらい経った後。
「こ、これ……」
「これ、うちらじゃない?たぶん先週の水曜日!」
私のその台詞を聞いた後、リョウはしばらく黙ってその写真を見つめている。
たぶん、思っていることは一緒。
ちなみに、私がリョウのもとへ駆けていった理由も一緒。
「す……」
周りの同級生たちが、心配そうに私たち二人を見つめている。
「すごくねぇ!?」
「すごくない!?」
それぞれを同時に言い放ち、しかも顔まで同時に見合わせて。二人とも満面の笑み。
そう、私はとんでもなくこの写真に感動してしまったのだ。
こんなキレイな写真のモデルが私たちだなんて!と。
わーわーきゃーきゃーとそのあともその写真を見て騒いでいた。
すると。
ガチンッ!
と頭に硬いものが当たった衝撃。
たぶんあれだ。これは殴られたな、げんこつで。と思いながら振り向くと。
「アホか!お前ら!」
って、すっごい顔で言い放つナナと、その隣で苦笑いしてるカズ。
「あ、はは」
リョウも殴られたらしい、二人して自分の頭をいたわり自分で撫でながら、また顔を見合わせる。
そう言われても、こっちは苦笑いするしかないのである。
「つまり、あんたたちは勝手にこれを撮られて、勝手に張られてたってわけね?」
昼下がりの職員室。
担任の机の前で、私たち二人は手を後ろで組んで真っ直ぐ立っていて、担任は座っている。
あー、去年ぶりだよ、こんな状況。職員室の担任の机の前で、二人して説教。
まぁ去年はこの周りを先生たちで囲まれてたからな、また今の状況はマシだ。
てゆうかあれだ、どうして私たちは説教されなきゃいけないんだろう。
私もリョウも、黙ってこくん、と頷く。
「ふーん。で、なんで長田と宮森の家は反対方向なのに、一緒に帰ってるのかな?」
げっ……。
そこをつかないでくれ。
中学生ってこういうとき不便だな、寄り道禁止、だなんて。
別にいいじゃんか!学校帰りに彼氏の家寄ってくぐらい!
てゆーか私は寄り道常習犯だぞ!ナナの家に至っては毎日寄ってってるぞ!
「いやー、アイにとって俺の家も我が家ですよ、はい」
「長田、お前は少し黙ってろ」
「すんませーん」
リョウの発言に思わずプッと吹き出す。
やだなぁもう、リョウの言うことって私の笑いのツボ押さえてるんだよ。
笑ってる場合じゃないだろ、という怪訝そうな目で担任は私をにらむ。
そんな怖そうな顔しないでよ、もう。
「あー、えっと、私たち、親子ぐるみでつき合ってて、それで、リョウ君が部活のない日にぜひ一緒に長田家で食事を、という感じで、親に言われたとおり、学校帰りにそのままリョウ君の家に行っちゃったんです。ごめんなさい。」
もちろん大ウソである。
「あー、なんだ、そうゆうことね。家の都合ならしょうがないか。じゃ、もう帰っていいよ」
宮森アイ、得意なことは教師を出し抜くことです。
リョウが横でニヤニヤしていたが、関係ない、関係ない。
帰ろうとしたとき、ふと、担任の机の上に置いてあった、例の写真が目に入った。
A4ぐらいの大きさに拡大してある、夕日の写真。
どうやら、担任がすぐにはがしてしまったらしい。
黄緑色の台紙に、説明書きと一緒に張ってあって、ちゃんとキレイに掲示物仕立てになっているところが笑えてくる。
「先生、その写真、もらっちゃ駄目ですか?」
「へ?うーん、ま、いっか。あんたたちが写ってるんだし」
そう言って担任は机の上の薄っぺらい写真を、私に手渡す。
私はその写真を両手で丁寧に受け取り、ありがとうございます、と軽く会釈をした。
リョウと一緒に並んで、失礼しました、と言って職員室を出ていく。
生徒にとってはピリピリとした空間をやっと抜け出せた安堵感からか、私たち二人はふぅー、と息ぴったりに溜息をついた。
「しっかしお前、よくあんなウソとっさに思いつくよな、尊敬するわ」
リョウがニカッと笑い、私を見下ろしながらそう言う。
「特技でもあり悲しくもあるよ」
「なんで?」
「ウソなんて、上手くない方がいい。絶対」
「……ふーん」
ウソが上手くなかったら。演技が上手くなかったら。
リョウに、素直に不安をうち明けられるだろう。ウソなんかつけない、正直な体だったら。
隠してもどうせばれてしまうのだ、素直に、甘えられるんだろう。
―――――アリサのせいで、どうも不安定な私の心を、うち明けられるだろう。
両手で広げたこの写真は、とってもキレイだった。
初めてこれをみたとき、素直に感動した。
夕焼けと、団地の田舎道と、その中心にある、仲の良さそうなカップルが手を繋いでいる。
構成もよくて、黒が多いのにオレンジ色と空の青さの混ざり具合のおかげで鮮やかで、ぱっと見でもキレイ。じっくり見てもキレイ。
得に真ん中のカップルのシルエットが得に気に入って、それが私たちだってわかったときにはもう、感動はひとしおで。
やっぱり、このシルエットの相棒、リョウにも見てもらわなきゃ、って走り出していた。
でも、この写真はなんだか私の心に陰を落とす……黒いマニキュアを、ぽたぽたと垂らしたような……。
いろんな感情とか、いろんな思考がない交ぜになって。
なんだろう、この違和感。見つめていると、ただならぬ違和感がわき上がってくる。
「アイ……奴……りある?」
リョウが言った言葉を、私は聞き流していた。
右の耳で聞いて、左の耳から流れていく、そう、正にそんな感じだ。
この写真を見つめていて、いろんなことを考えていたから。
いろんなことを考えていても、その一番根っこには、その一番奥には、ただ一人、ある人物の存在と、自分でも見にくいぐらいの真っ黒い、血みたいにどす黒い、嫌悪の感情。
「おい!アイ!」
「……へっ!?」
リョウが何度か私の名を呼んでいたらしい。
いけないいけない、何か考え事すると、すぐに周りの声だとか音が耳に入らなくなるんだよなぁ。
テストのときはもちろん有効利用しているが。
悪いクセだとは思う。
「ごめん、何?」
「さっきも言ったけど、これ撮って張った奴、心当たりある?」
リョウのその言葉を聞いて、私はすぐにリョウから目を反らした。
心当たり?そんなの……。
アリサ。
「うーん、ない。リョウは?」
アリサだなんて、言えるわけがない。
今まで、ずっと黙ってきたんだもん。
これからも、ずっと黙っていくんだ。
リョウに、心配なんて、かけない。リョウに、悲しい思いなんてさせない。
昼休みの廊下。黙って歩いていく。
なんでだろう、リョウから返事が返ってこない。
心配になって、リョウの顔を見ようとした瞬間。
「お前さぁ……」
溜息混じりに、リョウのそんな声が聞こえてきた。
あんまり聞いたことのない、リョウのちょっと不満が詰まった声。
え……?何……?
「ん?」
動揺をなんとか隠して、なんとか笑顔を作って、リョウの顔を見つめてそう言った。
リョウは、私の顔を見ない。
「俺に何か、隠してるだろ」
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